新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

本の値段

 夏休みシーズンもそろそろ終わり。今年の夏は連夜のオリンピック観戦で夜更かし続きという方も多かったのでは? 私も休みをとり、家族を連れて帰省したのですが、昼の暑さと寝不足でもうぐったり。いったい何のために休みをとったのやら……。
 まあ、休み下手なのは自分のせいとして、この時期になるといつも疑問に思うのは、国内の航空運賃の高さです。各種の割引がほとんど使えなくなりますから、九州や北海道は軒並み3万円を超えますし、2万円で収まる路線はごくわずか。私の場合、1人あたりの片道(東京―鹿児島)だけで、なんと3万5300 円! 体調だけでなく、家計の方も、もうぐったりです。

 だいたい、こんな狭い日本なのに、どうして片道で2万も3万も出さなければならないのか。需要と供給といわれればそれまでですが、どうも納得がいきません。かりにもし航空運賃が全国一律1万円になれば、いろんなことが変わると思うのです。国内旅行は増えるでしょうし、内需は拡大、都市と地方の二重生活もやりやすくなって、一極集中や過疎化も緩和されるかもしれません。構造改革というのなら、交通政策をなんとかする方が先のような気がするのですが……。

 そんな愚痴めいた話はともかく、モノの値段ということでいえば、今の日本はまことに不思議な国ですね。
 いろんな企業努力あってのことでしょうが、チェーンの居酒屋や回転寿司は確かに安い。居酒屋では1人5000円も出せば思う存分飲み食いできますし、回転寿司で家族4人たっぷり食べても6000円くらいで済みます。しかし、家電の量販店をのぞいてみれば、同じ値段で立派な扇風機が買えます。
 仕事でちょっと高めの料理屋に行けば、2人で3万円。ところが、それだけ出せばテレビもCDラジカセも買えるのです。ラジカセ1台買うのもたいへんだった自分の子供の頃と比べると、隔世の感があります。
 これを工場の海外移転を含めた家電メーカーの企業努力の結果と見るべきか、やはり飲食費が高すぎると見るべきか、なかなか難しいところですが、身の回りの値段のアンバランスさに思わずめまいがしそうになります。

 そんなことを考えながら、ならば本はどうかといえば、これは極めて安いと言えるのではないでしょうか。
 たとえばペットボトルや缶飲料と比べてみてください。私も家から出ると、1日にペットボトルの水やらお茶やらを2~3本飲んでしまうのですが、ペットボトル1本150円として、5本も飲めば新書も文庫も買えます。「新潮文庫の100冊」の定番、漱石の『坊っちゃん』や芥川の『蜘蛛の糸・杜子春』は今でも 300円。ペットボトル2本分の値段です。ラーメン1杯、コーヒー1杯、コンビニ弁当……比べていけばきりがありませんが、新書や文庫の安さはご理解いただけるのではないでしょうか。
 単行本だって高くはありません。1冊1500円としても、ファミレスでドリンクバー付きの昼食を取れば、そのくらいにはなります。映画が1800円、CDは3000円、野球なら4000円、劇場やコンサートに足を運べば、あっというまに1万円はかかります。それから比べれば、本は明らかに安いと思うのです。
 たまにはそういう目で書店をのぞいてみてください。昼食の値段と同じくらいの金額で、面白そうな本がたくさん並んでいます。

 モノの値段ということでは、今月の新潮新書『「ほんもの」のアンティーク家具』(塩見和彦著)は興味深い1冊です。西洋骨董家具商を営む著者による、一味違ったアンティーク入門ですが、本書を読めば骨董家具の「値段」の仕組みがわかりますし、そもそも骨董家具とどう付き合えばよいのかが見えてきます。
 また、外食産業や食の問題にご関心ある向きには、『牛丼を変えたコメ―北海道「きらら397」の挑戦―』(足立紀尚著)もお薦めです。本書を手にして吉野家の豚丼を食べてみれば、本の安さが実感できるはず。なにしろ本書と豚丼を合せても、しめて1034円(税込み)なのですから。
 オリンピックが終わったら、次は読書の秋!

2004/08