新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

夏休みの友に

 それにしても今年の夏は暑いですね。皆さんそろそろ夏休みをとられる頃かと思いますが、暑い時はやはり読書がいちばん! というわけで、今回は不肖私めが最近読んだ本の中から、「夏休みの友」としてお薦めの本をいくつかご紹介いたしましょう。夏は不思議と歴史絡みの本が読みたくなるもので(私だけ? でも新潮新書の7月刊でも『昭和史発掘 開戦通告はなぜ遅れたか』が好評なのです)、ここはひとつ、歴史が題材となったものを3冊ほど……。

 まず1冊目はエンターテインメントから『ダ・ヴィンチ・コード(上・下)』(ダン・ブラウン著、越前敏弥訳、角川書店)を。いきなりベストセラーとは芸がなくて恐縮ですが、これは確かに文句なしに面白い! 売れているのもわかります。
 ルーブル美術館の館長が館内で死体となって発見された。その死体の周りには奇怪なダイイング・メッセージが残されていて、館長と会う約束をしていたハーバード大学のラングドン教授が「謎解き」に巻き込まれていくハメに……。事件の謎を追いながら、それが西洋史の背後に横たわるキリスト教の深い謎の解明にもつながっていくという、歴史ウンチク満載の物語です。
 歴史謎解きものでありながら、ハリウッド映画さながらのタイムリミット・サスペンスに仕立てられていて、ほんとに一気に読めます。私もすっかりダン・ブラウンの虜になり、ラングドン教授シリーズの前作『天使と悪魔(上下)』もつい読んでしまいました。ちなみに、小社から8月末に『ダンテ・クラブ』という本が出ますが、これは「ダン・ブラウンも脱帽!」という傑作だそうですので、乞う御期待!(『ダ・ヴィンチ・コード』の解説の中で荒俣宏さんが自著として紹介している『レックス・ムンディ』も読みたいのですが、どの書店にも見当たりません。集英社さん、増刷してくれ~)

 次は新書から1冊。昨年末に出た本ですが、ここ半年くらいに読んだ他社の新書の中で最も面白かったのが『源氏と日本国王』(岡野友彦著、講談社現代新書)。これは我々が日本史の「常識」と思っているものを根底から覆す知的刺激に満ちた論考です。
 たとえば徳川家康は「征夷大将軍」という地位を得たから権力を握ったと思われがちですが、実はそうではなかった。家康が「源氏長者」という位についていたのがポイントだというのです(このあたりはNHK「その時歴史は動いた」でも岡野さんが登場されて取り上げられましたので、ご記憶の向きも多いはず。同番組は本書をヒントに作ったものでしょう)。私は「源氏長者」という観点から中世・近世の歴史を読み直した点もさることながら、本書を読んで初めて、「姓」「氏」「苗字」「家」のなんたるかを理解できました。「天皇」についても、これまでとまったく違う視点から説かれています。
 歴史観が変わること請け合いですので、未読の方はぜひ読んでみてください。同業者としては「やられた!」という感じですが、いやほんとに目からウロコが落ちる本でした。

 最後に、旅先でお薦めの本として『捜魂記―藩学の志を訪ねて―』(中村彰彦著、文藝春秋)を。北は庄内藩校致道館から南は薩摩藩校造士館まで、12の藩校と昌平坂学問所を訪ね歩いた紀行エッセイですが、直木賞作家にして自らを「史伝文芸――歴史と文学の出会う岸辺に呼吸している人間」と称される中村さんならではの佳品です。
 著者と一緒に旅をしながら、近代につながる日本の基礎を作った各藩の底力を実感できます。帰省等で藩校のあった街に行かれる方は、本書を片手に寄ってみられたらいかがでしょうか。私も特に、高遠藩校進徳館や岡山藩の閑谷学校に行きたくなりました。こんな仕事に同行できる編集者がうらやましい!
 中村彰彦さんには新書でも『保科正之』(中公新書)という名著がありますが、エンターテインメントとして個人的に偏愛しているのが『竜馬伝説を追え』(人物文庫、学陽書房)。これは坂本竜馬暗殺をめぐる様々な説を小説仕立てで検証したもので、日本版『時の娘』ともいうべき「アームチェア・デテクティブ」ものの傑作です。また『捜魂記』の巻末に山内昌之東大教授との対談が収録されていますが、お二人の共著『江戸の構造改革―パックス・トクガワーナの時代―』(集英社)もお薦めです。

 さて、他社の本ばかり推奨している場合ではありません。新潮新書今月の4冊のご案内といきましょう。
『ダ・ヴィンチ・コード』的な「ウンチクと謎解き」がお好きな方にぜひ読んでいただきたいのが、宮崎駿氏のアニメ作品に迫った『宮崎アニメの暗号』(青井汎著)です。
 宮崎アニメについては、これまでも網野史観やユートピア思想などとの関連で論じられてきましたが、本書はこれまで全く指摘されていなかった観点から、その深層の解読を試みたものです。たとえば、子供向けの作品と思われている『となりのトトロ』の背後にあるスペイン映画、堀田善衛、ケルト文化への共鳴。あるいは、『もののけ姫』に潜む洞窟壁画のモチーフや五行思想……。最強のエンターテインメントというべき宮崎作品の根底に流れる意外な「地下水脈」を明らかにします。仮説を提示して謎を解いていくさまは、良質なミステリを読む醍醐味にも通じます。

天職の見つけ方―親子で読む職業読本―』(キャリナビ編集部著)は、知っているようで意外に知らない様々な職業の人々に、その「仕事観」を語ってもらったものです。「働くということ」が見えなくなり、フリーターが増えている今だからこそ、親子で読んで欲しい1冊です。
「ほんもの」のアンティーク家具』(塩見和彦著)は、西洋骨董店主による一味違った入門書。アンティークの人気は高まるばかりですが、あふれる情報に惑わされてはいないでしょうか。本書を読めば、自分なりの「目利き」の基準にたどり着けるはずです。
牛丼を変えたコメ―北海道「きらら397」の挑戦―』(足立紀尚著)は、かつて「美味いコメはできない」と言われた北海道で、「寒さに強くて美味いコメ」の開発に挑んだ人々の秘話です。百年に及ぶ育種の物語は、現代文明を支える「食」のありようにも思いを至らせてくれます。
 映画を観る、子供と仕事を語り合う、暮らしを見直す、故郷の田んぼでコメと向かい合う――。いろんな夏休みにふさわしい作品を揃えましたので、高校野球やオリンピック観戦の合間に、ぜひ書店を覗いてみてください。

2004/08