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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

嘘つきについて

 世の中には一定の割合で「病的な嘘つき」がいる。
 何年か週刊誌記者をやってわかったことです。お金目当ての人もいれば、妄想癖の人もいました。「新しい犯罪集団の手口を教える」と言う人、「私はアイドルのTさんと婚約しています」と言う人等々。
 情報源だけではなく、同業者や関係者にも嘘つきはいました。どこそこに取材に行ったと言いながら本当はホテルで寝ているだけだった人、他人の取材を自分のもののように語る人等々。
 今でも印象的で謎なのは、大物俳優同士の「結婚情報」をタレ込んできた中年女性。会ってみると、見た目は普通で、話し方も常識的。名刺もこちらに渡しており、身元も連絡先もはっきりしています。謝礼も一切要求してきません。
 しかし話の裏を取っていくと、何一つ本当のことがないのです。たとえば、彼女の話すエピソードには、その俳優が出ていた映画のスタッフの名前が出てきました。そのへん、ディテールがあるので信憑性があるように最初は感じるのですが、調べてみるとそんな人間は存在していない、という調子でした。
 結局、記事にはしませんでしたが、なぜ手間をかけて(わざわざ電話をしてきて、こちらと待ち合わせて会って)まで嘘をついたのか、いまだにまったく不明です。
 幸い、「新潮新書編集部」では、この10年間で「完全にダマされた!」といったケースはありません。これは我々の鋭い眼力の賜物――ではなくて、単に週刊誌とはメディアの特性が違うため、あまり病的な人が近寄って来ないという要因が大きいのだろうと思います。

 4月の新刊、『嘘の見抜き方』(若狭勝・著)は、「嘘を見抜くプロ」がその知見を惜しげもなく公開した一冊です。弁護士である著者は、最近ではテレビのコメンテーターとしても有名ですが、もともとは長年検事として数多くの被疑者らを取り調べてきたプロ中のプロ。それだけに、その「見抜くポイント」は、素人の意表を突くものばかりです。「目を見て話せ、は逆効果」「つま先の方向は正直だ」「イエス・ノーで答えさせない」等々。26年の検事経験から生れたプロの技術には感心させられること必至です。

 他の3冊もご紹介します。
反省させると犯罪者になります』(岡本茂樹・著)は、タイトルを見て首を捻る方もいるに違いありません。
「反省させないと犯罪者になるんじゃないの? 何かヘンじゃない?」
 しかし、これで正しいのです。著者は長年、犯罪者の更正に携わってきた臨床教育学博士。経験と研究の結果から、「見せかけだけの反省をさせると、かえって自らの罪と正面から向き合わないようになってしまう」ということがわかってきます。だから、「反省させると犯罪者になります」なのです。そういえば、日常生活でも「すみません」「反省しています」を連発する人って、意外と同じことを繰り返しているような気もします。
日本経済を壊す 会計の呪縛』(大畑伊知郎・著)は、「デフレの真犯人は会計基準だ」と説く経済書。金融ビッグバンに伴って実施された「会計ビッグバン」が、その後の長い不況、デフレの根本原因だ、という仮説が平易かつロジカルに述べられていて、とても説得力があります。特に驚いたのは、ビッグバン以前の基準で計算すると、近年話題になった大手家電メーカーの「巨額赤字」が黒字に転化することもある、という指摘でした。
意にかなう人生―心と懐を豊かにする16講―』(加藤廣・著)は、『信長の棺』等のベストセラーで知られる歴史小説の大家による人生論。金融関連の仕事を長年続けてきた著者だけに、単なる精神論ではなく、「懐を豊かにする」ことの重要性も強調している点が、特徴です。「日本人の子弟はカネの遣い方を教わらないことが、日本の最大の欠点」「就職先に花形企業を選ぶな」「人生の五計(生計、身計、家計、老計、死計)を考えよ」等々、豊富な人生経験と歴史の知識をベースにした教訓の数々は、読みながらどれもアンダーラインを引きたくなるようなものばかりです。

 いつものことながら4冊ともお勧めです。
 嘘ではありません。

2013/05