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新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

きちんと出すということについて

 新潮新書は創刊以来、月4点以上刊行することを「きまり」としています。幸いなことに、これまで一度も落としたことがありません。別に落としたからといって、法的に問題があるわけではないのですが、やはりこういう「きまり」というのは守ったほうがいいように思います。
 だから、編集長という立場としては、部員に対してなるべく前倒しで仕事をしてもらうようにしています。私自身はもともとが「前倒し体質」なので、全然問題ないものの、きっとそれでストレスを感じている部員もいることでしょう。
 ただ、その立場を離れてみると、本の刊行なんて多少遅れても別にいいんじゃないの、人が死ぬわけじゃないし、とも思います。10代の頃、愛読していた「本の雑誌」は、いちおう季刊誌となっていましたが、相当いい加減で、記憶では平気で1~2か月くらい発売がずれていました。当時はネットもないので、本屋に並んでいるのを発見して、「ああ、ようやく出た」とわかるという調子です。それで腹が立ったかというと、むしろそのルーズさもまた魅力に感じられたものです(もちろん今は普通の定期刊行物となっています)。
 雑誌に限らず、音楽のアルバムなんかも結構平気で発売が延期されていました。でもそれはそれで仕方ないな、と思っていました。「大麻やっているような人が、時間きちんと守るとは思えないもんな」程度に考えていたのです。
 あの頃に比べると、今は何でもきちんと進むようになりました。ちょっとでも何かが遅れるとクレームが来て、謝罪をしなければならない雰囲気があります。もちろん、きちんと進んだほうがいいのでしょうが、「何が起こるかわからない」「いつどうなるかわからない」けど魅力的な商品、というのがもっとあってもいいような気もします。

 11月の新刊をご紹介します。

ぼくは眠れない』は、「本の雑誌」の編集長でもあった椎名誠さんが、自らの不眠とのタタカイについて赤裸々に書いた一冊。一般的には豪快で健康的なイメージの強い椎名さんが、実は35年間も不眠症だったというのは、ちょっと衝撃的な事実かもしれません。
 不眠のきっかけとなった人間関係の問題から、ストーカー騒動、睡眠薬の話等、扱っているテーマは結構深刻なのですが、なぜか面白く読めてしまうあたりは、さすがとしか言いようがありません。

居酒屋を極める』(太田和彦・著)は、孤高の居酒屋評論家による初の新書。行きつけの居酒屋でひとり、じっくり酒を呑む――大人の男ならば、ちょっと憧れるシチュエーションです。でも、意外と恥ずかしさもあってできないという人も多いのではないでしょうか。そんな方はぜひ本書をお読みください。もちろん、すでに「ひとり呑み」ができている方が読んでも十分面白い内容になっています。

天皇陛下の本心―25万字の「おことば」を読む―』(山本雅人・著)は、元宮内庁担当記者が、25万字にも及ぶ陛下の発言録を丹念に5回も読み直して執筆した労作。無難なおことばばかりかと思いきや、孤独や苦悩を率直に語られたものも多くあり、陛下の本心を垣間見ることができます。

歌謡曲が聴こえる』(片岡義男・著)は、片岡さんによる「極私的・ヒット曲の戦後史」です。どちらかというと、洋楽のイメージが近い著者が、美空ひばり、田端義夫等について論じていることに驚かれるかもしれません。扱っている曲について知らない人の心にもしみじみと沁みるような文章が詰まっています。

 以上4点、たぶん11月15日の発売日までには全国書店に並んでいる予定です。

2014/11