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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

バッシングの話

 バッシングが気になります。
 幸い、私がそういう目にあっているという話ではなくて、次のような物言いが気になるのです。
「最近の日本人は誰かを持ち上げたかと思ったら、すぐに引きずりおろす。そうなると、メディアはバッシング一色だ」
 朝日新聞の誤報問題についても、STAP細胞についても、こんな論調の文章を目にしました。一見、バランスの取れた良心的な意見のような感じもしますが、あまり気に入りません。「そんなの日本人に限ったことじゃないだろ」ということ以上に気になるのは「バッシング一色」というところです。
 私の知る限り、メディアは意外と「一色」にはなりません。そうなったのは、最近では東日本大震災の時くらいでしょうか。朝日問題やSTAP細胞問題があちこちで大きく扱われて、批判が出たのは事実にしても、紙面や番組の一部で扱われたり、週刊誌で何度か大きな特集が組まれたりした程度です。その時点で一番ホットな話題であれば、それは当然のことでしょう。
 ではなぜ、「バッシング一色」と思う人がいるのか。気になるのはその点です。
 そういう人は、もしかすると、その対象のニュースばかりを追っているのではないか、ネットでもその関連のところばかり探して見ているのではないか、だから「一色」だと感じているのではないか、という気がしてしまうのです。そうだとすると、実は「一色」なのは、メディアではなくて、その人の頭の中だということもあるのではないでしょうか。
 たとえは悪いけれども、アダルト本の専門店に通い詰めた挙句に「日本人は助平だ!」と嘆いているようなもんじゃないのか、という気がしてならないのです。

 1月の新刊をご紹介します。

沖縄の不都合な真実』(大久保潤、篠原章・著)は、新聞やテレビの報道からは見えてこない沖縄の状況を鋭く深くレポートした1冊。米軍基地移設にまつわる利権や県内の格差、貧困問題等を伝えたうえで、「米軍基地が多くて気の毒だ」「美しい自然を守れ」といった同情論、感情論だけでは基地問題の解決にはつながらないことを示しています。一見、沖縄に厳しい論調のように見えるかもしれませんが、この問題を決して他人事としないために、全国民必読の内容です。

チャイナハラスメント―中国にむしられる日本企業―』(松原邦久・著)は、スズキの元中国代表が著した「中国ビジネス残酷物語」。一時期、中国に進出しない企業はバカだと言わんばかりの論調が見られましたが、実際にはどうだったのか。国家ぐるみで日本企業から金をむしろうとする姿勢には驚き、恐怖すら感じます。しかもいったん進出したら撤退もかなり困難。これを読んでなお、中国に進出しようと考える人は少ないのでは、という気がします。

迷いは悟りの第一歩―日本人のための宗教論―』(ネルケ無方・著)は、ドイツ人禅僧が自らの宗教遍歴をもとに綴った体験的宗教論。もともとはクリスチャンだった著者がなぜ仏教に傾倒し、日本で禅僧になったのか。その道筋を辿ることで、二つの宗教の違いが浮き彫りになっていきます。ネルケさんは少し前に携帯電話のCMにも一瞬登場していたので、顔に何となく見覚えのある方もいらっしゃるかもしれません。

マーケティングの嘘―団塊シニアと子育てママの真実―』(辻中俊樹、櫻井光行・著)を読むと、読者の持つ「団塊」「子育て世代」ヘのイメージが一変することでしょう。たとえば「若い世代の母親は冷凍食品などで手抜き料理ばかり」といったイメージは、まったくの嘘であることがわかります。著者たちは、数多くの人に調査して消費者像を浮かび上がらせる、というマーケティングの手法そのものへの疑問も投げかけたうえで、代わりに少数の人から深く情報を得る調査方法も提示しています。リアルな消費者像をつかみたいと考えている人には特に参考になると思います。

 1月の新刊4冊に加えて、今月は変則的ですが、月末にもう1冊出ます(1月24日発売)。『無頼のススメ』(伊集院静・著)。伊集院さんによる初の新書。「無頼」をテーマにした人生論。それ以上の説明は不要でしょう。

 どの本もバッシングは歓迎しませんが、世の中に何らかの波風を立てられれば、とは思っています。今年も新潮新書をよろしくお願いいたします。

2015/01