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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

予想を裏切ることについて

 昨年からよく読んでいるのが、新潮文庫の「スタークラシックス」シリーズ。要するに海外の古典の新訳シリーズです。新訳なのでとても読みやすいですし、電車の中で見られても「読んだことがないわけじゃないんです。読み直しているだけなんですよ」という体裁が取り繕えるのもありがたいのです(実際には誰も私の手元なんかに注目してないのですが)。恥ずかしながら、読んでいない名作が数多くある私のような人間にはピッタリです。
 最近読んで驚いたのは『にんじん』(ジュール・ルナール・著 高野優・訳)でした。タイトルとかわいい挿絵から、てっきり心温まる児童文学だと思っていたら、全然違ったからです。にんじんは、兄と姉を一人ずつ持つ三人きょうだいの末っ子。物語のかなりの部分を占めるのは、実母の「にんじん」への理不尽な仕打ちでした。大げさではなくて、今でいう「鬼母」です。にんじんに、本人の尿の入ったスープを飲ませたりするのだから、ひどいものです。
 予想したような、ほのぼのとした話ではなかったのですが、むしろ予想を裏切られたことは愉快でもありました。やはり読んでみないとわからないものです。
 ときおり本のレビューで「予想していたものと違った」と怒っているものを見るのですが、読書においては、裏切られるのはそう悪いことではない、と私は思っています。

 2月の新刊をご紹介します。
墓と葬式の見積りをとってみた』(神舘和典・著)は、テーマが「墓と葬式」ですから、暗い話のように思われるかもしれませんが、そんなことはまったくありません。両親は健在だけれども、今のうちにいろいろ考えておきたい、と思った著者が好奇心の赴くままにあちこちに取材に出かけて行った体験記。ある時は体験入棺したり、またある時は散骨の現場を見に行ったり……全体としては不思議なほど明るく、ユーモラスなトーンです。いい意味で予想を裏切る内容になっていると思います。

北朝鮮・絶対秘密文書―体制を脅かす「悪党」たち―』(米村耕一・著)は、毎日新聞記者による決死の取材記録。著者が入手した「秘密指定」とされた文書は、北朝鮮の検察の捜査記録でした。そこに描かれているのは、国家の厳しい管理の目を逃れて金儲けにいそしむ経済犯たちの姿です。地下経済が急速に広がっていることがわかります。意外だったのは、検察の人たちが、わりと正統な捜査をしていることでした。尾行や証拠固めなどをきちんとやっているのです。怪しい奴を片っ端からしょっ引いて拷問しているようなイメージを持っていたのですが、それは完全に裏切られました。

「高倉健」という生き方』(谷充代・著)は、高倉健さんと四半世紀の付き合いになる筆者が、数々の秘話を明かした一冊。こちらの場合は、健さんのイメージが裏切られるということはまったくありません。むしろ、いつでもあの「健さん」らしくあったことに改めて驚かされます。何とかっこいい人だったのか、と感動しました。

 この3冊の他に、変則的に1月末に発売された新刊『無頼のススメ』(伊集院静・著)も好評発売中です。予想を上回る売れ行きで、発売1週間で8万部を突破しました。

 今月も新潮新書をよろしくお願いします。

2015/02