新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

外交の話

 以前、ある「元外交官」という方の本を読んでいて、不思議に思ったので、知りあいの「現・外交官」に聞いたことがあります。元外交官の人の話はとても面白いのですが、なんだかあまりに独自なのが気になったからです。簡単に言えば、世の中のあらゆることが「アメリカの陰謀」になっている。世の中のいろんなことにアメリカが関与している可能性は否定できないとはいえ、なんだか極端だったのです。私の疑問に対する現・外交官の答えはこんなものでした。
「ああ、あの人(元外交官)は、昔は普通だったんだけど、ある時、左遷されてから少しおかしくなったんですよ。彼はどうもその左遷にはアメリカの意向があったと思ったようなのです。それ以来、あらゆることはアメリカのせいだ、と考えるようになったみたいです。言うまでもありませんが、左遷はアメリカとは関係なく、単純に彼の資質の問題だったはずです」
 なるほど、そういうことか、と腑に落ちました。これに限らず、陰謀論を唱える人のことを少し調べると、個人的な事情とか怨念とかが関連していることはあるような気がします。

 9月新刊『AI時代の新・地政学』の著者、宮家邦彦さんもまた元外交官ですが、もちろんこういう類の人ではありません。極めて冷静で客観的でなおかつ鋭い分析を常になさっています。本書のベースは、「週刊新潮」の連載なので、とても読みやすく、かつタイムリーな話題が詰まっています。AIが国際政治に大きな影響を与える、といった指摘はとても新鮮でした。

 他の新刊3点をご紹介します。

誰が「道徳」を殺すのか―徹底検証「特別の教科 道徳」―』(森口朗・著)は、タイトル通り、教科化された「道徳」についての徹底検証です。道徳が教科化って、もともと授業であったじゃないの? と思われるかもしれませんが、実は正式な「教科」となったのは今年4月なのです。本書では日本における道徳教育の歴史から、世界の道徳教科書まで、道徳に関する知らなかった事実が次々示されます。「若い奴がおかしいのは道徳教育がなっていないからだ」という方も、「国家が道徳を教えるのは危険だ」という方も、冷静に読んでいただければ新たな発見があるはずです。

100歳の秘訣』(歌代幸子・著)は、100歳を超えてなお、現役で活躍している方々に、その人生と長寿の秘訣や人生観を語っていただいたノンフィクション。言葉に重みがあるのはもちろんですが、長生きするのは悪いことじゃないと思えるようになるのが、本書の最大の効用かもしれません。高齢化社会について暗い見通しや、「何がめでたい」といった声が目立ちがちですが、実際には「とてもめでたい」人もいる。それはとても嬉しいことに感じられました。

原爆 私たちは何も知らなかった』(有馬哲夫・著)は、原爆について日本人が教わってきた話がいかにウソにまみれていたかを示す衝撃の書です。「原爆はアメリカが戦争を終わらせるために開発して投下した」というのが一般的な認識でしょうが、本書ではこれを完全に否定します。原爆はアメリカ、イギリス、カナダの共同開発で、この3国が合意して日本に投下されました。投下前にすでに戦争終結は見えており、これをわざわざ一般人がいる広島、長崎に投下する必要はなかった。というのが真相です。著者は公文書研究の第一人者で、当然ながらこれらはすべて一次資料によって裏付けられており、陰謀論ではありません。

 世界を単純化してとらえる陰謀論ではなく、隠された真実やカラクリを示すことが出来る本を作っていければと考えています。

 今月も新潮新書をよろしくお願いします。
2018/09