新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

自意識の話

 買おうと思っていた本や、見たいと思っていた映画が何かの拍子で大きな話題になると、かえって買ったり見たりしづらい気持ちになることがあります。誰もこっちに興味なんかないのはわかっていても、売り場の人に「あっ、お調子者がやってきたぞ」などと思われるのではあるまいか、と思ってしまうのです。お調子者だろうが、にわかファンだろうが、売る側からすればお客さんなのでありがたいはずなのですが、いい年こいて無駄な自意識が邪魔をするのでしょうか。
 一方で、何か話題になるとすぐに動いて、お金を使ってくださる方もいます。最近でいえば「令和」発表直後に、「万葉集」関連書籍がかなり売れたようです。新元号の由来が万葉集だと報じられると、「じゃあ読んでみるか」と思われたということなのでしょう。
 そういう思考法のほうが景気にもいい影響を与えるし、多分、日々が明るいに違いないと思うので、もう少し何かに「乗っかる」習性を身に付けねばと思いました。

 5月新刊『深層日本論―ヤマト少数民族という視座―』(工藤隆・著)は、「万葉集」についても一章を割いている、大きなスケールの日本論です。何せ日本国の成り立ちから太平洋戦争の敗戦、戦後までを一気に論じます。軸となっているのは、日本人は「ヤマト少数民族」である、という仮説で、中国の少数民族を対象としたフィールドワークもベースになっている......といってもわかりづらいとは思いますが、「日本人とは何者か」という普遍的なテーマに新たな視点を与えてくれる1冊です。

 他の3点もご紹介します。

『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(西川恵・著)は、新しい時代を迎えるにあたって、日本人ならば知っておきたい「皇室外交」の価値がすっきりとわかる読み物。諸説あれど、とにかく皇室のもつ歴史の長さは、我々が思っている以上に高い評価を得ているそうです。その意味で「最強の外交資産」と言ってもいいほどだとのことです。

『ネトウヨとパヨク』(物江潤・著)は、タイトル通り、ネット右翼と、彼らと対立するパヨク(ネット上の左翼)についての論考。何かというともめて口汚く罵りあう彼らの行動原理や心理を読み解き、冷静な議論のために必要なことを考えていきます。何となくギスギスした感じの言論空間に違和感を抱いている方にお勧めです。

『生死の覚悟』(高村薫/南直哉・著)は、作家と禅僧による仏教をめぐる対話。「生死」と書いて「しょうじ」と読みます。仏教とは、生きるとは、死ぬとは、といった大きなテーマについて深くて濃厚な議論が行なわれています。対話というものの意味を改めて知ることができます。

 多分まだ全国各地の書店の中には、「新潮新書創刊16周年フェア」を開いているところがあるかと思います。
 編集部と宣伝部と営業部とで議論を深めながら作ったポップやパネルなどが並んでいるはずなので、もしもお見かけになった際には、少しだけ気にしていただけると嬉しいです。
 今月も新潮新書をよろしくお願いします。
2019/05