新潮文庫メールマガジン アーカイブス
今月の1冊


 Yonda?Mail購読者の皆さん、こんにちは。

 突然ですが、皆さんは政治家に興味がありますか?

 たぶん大多数の人が自分とは無縁、まるで違う世界の住人のように思っているのではないでしょうか。そもそも選挙期間以外にご尊顔を拝見する機会もなく、普段は何をしているのかさっぱり? ましてやその秘書やスタッフにおいてをや、という感じではないですか。

 今月ご紹介する『アコギなのかリッパなのか―佐倉聖の事件簿―』の主人公佐倉聖くんは、その政治の世界に身を置く大学生です。彼が中学生の弟を養うため仕えているのは、引退してもなお政界に大きな影響力を持つ大堂剛。未だに多くの政治家の後見人を務める大堂の下には、ありとあらゆる難問珍問が持ち込まれます。
 そのトラブルシューターとしていろんな選挙区へ派遣されるのが、弱冠21歳の主人公佐倉聖くん。だから彼の視界には、政治家やその秘書、事務所のスタッフ、ボランティアなど、私たちがよく知らない政治の世界の住人たちが映っているのです。

 海千山千の政界の住人を手玉に取り、次々と難題を解決する佐倉聖くんの活躍は本編のお楽しみ。ということで、『アコギなのかリッパなのか』に描かれた政治の世界について、著者の畠中恵さんにお伺いしてみました。

――『アコギなのかリッパなのか』をお書きになる前から、そもそも政治家や政治の世界に興味をお持ちだったのでしょうか。

畠中:政治に興味津々ということは、ありませんでした。
このお話のきっかけになったのは、近所で行われていた、地方選挙かな、と思います。
選挙期間中は、近くの商店街に選挙事務所が出来、旗を持った人達が、練り歩いてました。沢山の選挙カーも、窓の下を通って行きます。
ですが、選挙が終わると次の選挙まで、「はて、国政ではなし、何をしているのかな?」 私にはよく分かりませんでした。その疑問が、発端でしょうか。

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2012年03月12日   今月の1冊




 忙しい毎日のなか、「不思議」、足りてますか? ビタミンやカルシウムと同じくらい、「不思議」は大切ですよ~。
 新潮文庫今月の新刊から、「不思議」がいっぱいの2冊をご紹介します。小学生から楽しめる『シノダ! チビ竜と魔法の実』と『下町不思議町物語』。小中学生のみならず、大人が読んでも楽しい作品です。
 児童書の世界で知らぬ者のない富安陽子さんの『チビ竜と魔法の実』は、「パパが人間でママがキツネ」という信田家に生まれた3人姉弟妹が冒険を繰り広げる大人気シリーズの第一弾。キツネ族の親戚たちは、信田家に次から次へと厄介ごとを持ち込みますが、一家は団結、キツネ族から受け継いだ特殊能力を生かしながら困難を乗り越えていきます。
 今回の騒動のもとは、タイトルにもある通り、小さな竜=チビ竜です。想像してみてください。ある日、小さな竜が自宅のお風呂に住みついて、湯気で作った雲の巣を天井付近に漂わせ、ケケケッと笑う情景を。楽しいでしょう。でも、小さくても竜は竜。やがて成長して空にのぼっていきます。その時、信田家に何が起きるのか……、あとは読んでのお楽しみ。

 子供のころ、小人(こびと)がいないか葉っぱを裏返してみたことがある人、夜中にオモチャが動いていないかこっそり起きて確認した人、魔女を探して夜空をながめた人……こんな経験のある方はぜひ読んでみてください。胸のときめきが蘇ってきます。
 蘇らせるまでもなく、いまも「不思議」世界のまっただ中という方にも、もちろんお勧めです。ユイ、タクミ、モエと一緒に物語の世界を探索してください。我が家の小2もこのお話に没頭していました。もともと長風呂が好きな彼、天井にチビ竜がいる姿でも思い描いているのではないかと思います。

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2012年02月10日   今月の1冊




「父が子に語る高峰秀子」  井上孝夫

 今日はちょっと、父さんの好きな女優さんの話でもしようか。
 高峰秀子って、知ってるかな?
 少し前に亡くなった女優さんだけど、若い子は知らないよね、きっと。
 父さんは高峰秀子さんのファンなんだ。ファンだった、のじゃない。亡くなった今でも、ファンであり続けているんだ。ある意味、高峰さんは恩人だとすら思っている。

 どうしてそんなにファンなのか、だって? じゃあ、高峰さんの映画との出逢いを話そうかな。あれは大学3年の夏だった。名作映画のリバイバル上映で、黒沢明監督の「生きる」が上映されていた。それを見に行ったんだ。その時2本立てで併映していたのが、「名もなく貧しく美しく」(松山善三監督=高峰さんの御主人)という映画だった。

 打ちのめされた。「生きる」にではなく、「名もなく貧しく美しく」にだ。それに出ている高峰秀子さんの演技に、魂の底から打たれたんだ。人の表情というものが、こんなに心に突き刺さるものだとは考えたこともなかった。

 この映画はね、耳の不自由な夫婦の話だ。戦後の荒廃した世の中を、ハンディキャップを抱えながら、貧しくも励まし合って生きてゆく夫婦の姿を描いている。当時は今より遥かに障害者に厳しい、辛い世の中だったから、それは並大抵の苦労ではなかったんだ。
 いろんな困難がある。子供を産むにしても、育てるにしても、そして生きていくために働くにしても。その中でようやく育てた子供が、親を嫌って避けるようになる。

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2012年01月10日   今月の1冊


 Yonda?Mail購読者の皆さま、こんにちは。

 前回に引き続き「沼田まほかるさんに聞いてみました」後編をお届けいたします。
 初めてお読みになる方は、ぜひ前編をお読みください。世にも恐ろしい小説を書く作家の、ちょっと意外な素顔を垣間見ることができます。

 さて、新潮文庫新刊『アミダサマ』も発売まもなく5万部が増刷され、“沼田まほかるブーム”はとどまることを知りません。
 巷に新たな恐怖を巻き起こしている『アミダサマ』はこのようなストーリーです。

幼子の名はミハル。産廃処理場に放置された冷蔵庫から発見された、物言わぬ美少女。彼女が寺に身を寄せるようになってから、集落には凶事が発生し、邪気に蝕まれていく。猫の死。そして愛する母の死。冥界に旅立つ者を引き止めるため、ミハルは祈る。「アミダサマ!」――。その夜、愛し愛された者が少女に導かれ、交錯する。恐怖と感動が一度に押し寄せる、ホラーサスペンスの傑作。

 今回はこの『アミダサマ』と「読者の反応」について、編集部から沼田まほかるさんに質問状を送ってみました。以下はその一問一答です。

「『アミダサマ』のことが聞きたい!」

――『猫鳴り』(双葉文庫)は世の猫好きを唸らせた小説。『アミダサマ』でも猫は重要な役割を担っています。沼田さんにとって猫とは?

沼田:いい猫と付き合ってみると、人間より猫の方がずっと、存在の根源みたいなものに近い場所にいるのだということがわかります。だから猫を撫でていると猫越しにそういったものの気配をおぼろげにせよ感じとることができます。猫は宝物です。

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2011年12月20日   今月の1冊



 わずか半年の間に60万部が増刷され、本年度の文庫売上ランキングの上位を席巻している小説があります。タイトルは『九月が永遠に続けば』。その作者である沼田まほかるさんの長編小説『アミダサマ』が、このたび新潮文庫より刊行されました。

『九月が永遠に続けば』が第5回ホラーサスペンス大賞を受賞したとき、選考委員はこう評しました。「圧倒された」(桐野夏生)。「文章力で大賞を勝ち取った作品」(唯川恵)。「図抜けた才能を感じた」(綾辻行人)。
 実際に読んだ皆さんからも、沼田さんの文章力や作品の臨場感を讃える声が数多く届けられています。しかしそれ以上に多かったのは「これみよがしでない怖さ」や「リアルで後を引く怖さ」といった実感。

 昨今、さまざまな事件報道で目にする言葉に「心の闇」があります。この決まり文句は言わばジャーナリストにとっての白旗で、「本当のことは当事者以外知りようがない」と読み手を突き放すフレーズです。

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2011年12月10日   今月の1冊