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蒼路の旅人

上橋菜穂子/著

737円(税込)

発売日:2010/07/28

  • 文庫

若きチャグム皇子の危うさと輝き。身ひとつで起死回生の奇策に挑み運命を拓こうとする若者を描く! 文庫累計135万部突破。

生気溢れる若者に成長したチャグム皇太子は、祖父を助けるために、罠と知りつつ大海原に飛びだしていく。迫り来るタルシュ帝国の大波、海の王国サンガルの苦闘。遥か南の大陸へ、チャグムの旅が、いま始まる! ──幼い日、バルサに救われた命を賭け、己の身ひとつで大国に対峙し、運命を切り拓こうとするチャグムが選んだ道とは? 壮大な大河物語の結末へと動き始めるシリーズ第6作。

  • 受賞
    第8回 吉川英治文庫賞
  • 舞台化
    音楽劇「精霊の守り人」(2023年7月公演)
  • テレビ化
    精霊の守り人 外伝(2016年12月放映)
  • テレビ化
    大河ファンタジー 精霊の守り人 2  悲しき破壊神(2017年1月放映)
  • テレビ化
    放送90年 大河ファンタジー『精霊の守り人』(2016年3月放映)
目次
序章 南からの波
第一章 帝と皇太子
1 聖導師の宿命
2 サンガル王の手紙
3 弾ける
第二章 罠への航海
1 航海
2 群島の網の目
3 虜囚たちの夜
4 虜囚小屋からの逃亡
第三章 チャグムとターク〈鷹〉
1 出会い
2 身をぬぐう
3 異郷の星空
4 嵐
5 鷹の爪の下に
6 束の間の光
第四章 対決
1 タルシュの悍馬
2 灰色の旅
3 雨の帝都
4 毒蜘蛛の館
5 声なき声に
6 壁の上の世界
終章 蒼路の旅人
1 金色の雲
2 月下の蒼路
文庫版あとがき「蒼い路」
解説 大森望

書誌情報

読み仮名 ソウロノタビビト
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 384ページ
ISBN 978-4-10-130279-9
C-CODE 0193
整理番号 う-18-8
ジャンル SF・ホラー・ファンタジー
定価 737円

インタビュー/対談/エッセイ

[「守り人」「しゃばけ」2大シリーズ刊行記念対談]
世界を訪れ、物語を追いかける

上橋菜穂子畠中恵

膝の上の物語

上橋 いま講義を終えてきたばかりなんですけど、大学生たちに「しゃばけ」知ってる?って聞いてみたんです。そうしたら、百人くらいいる学生のほとんど全員が知っていて。読んでる人もかなりいましたよ。
畠中 上橋さんは、先生をされていらっしゃるんでしたね。たくさんの人の前でお話しできるということだけで、尊敬してしまいます。
上橋 授業をするのは楽しいんですけど、事務仕事がすっごく苦手なんですよ~。
畠中 テストの採点なんか、たしかに大変そうですね。
上橋 そう、大変なんです(笑)。ところで、一度畠中さんに伺ってみたかったんですけど、「しゃばけ」ってファンタジーだと思って書かれていらっしゃるんですか?
畠中 シリーズ一作目の『しゃばけ』は、新人賞に投稿するために書いたものだったんです。実際に執筆しているときには、ファンタジーを書いているという意識は全くありませんでした。書きあがってから、さて、どこに応募しようかなと。ミステリー系の新人賞に送っても、妖が出てくるので、はねられてしまうかもしれない。かといって、SFや純文学とも違う。それで、日本ファンタジーノベル大賞に、ここなら門前払いはされないだろうな、と考えて出しました。
上橋 そうだったんですか。でも、それはすごくよくわかります。私も、「ファンタジー」や「児童文学」を書きたいと思って書いてきたわけじゃないので(笑)。
畠中 そうなんですか!
上橋 児童文学を扱っている出版社に原稿を持ち込んでデビューしたので、書店の図書分類が児童文学になったのだけど、トールキンの『指輪物語』、サトクリフの歴史物語、『ゲド戦記』など、私が好きで、そういうものを書きたいと思っていた物語が児童文学に分類されていたので、その「枠」に持ち込みをしただけで。だから私も畠中さんと同じように、執筆中にファンタジーや児童文学を書いているという意識はないんですよ。
畠中 物語のジャンル分けって難しいですよね。それこそ、ファンタジーノベル大賞でデビューされた方たちも、純文学やSF、時代ものなど、デビュー以降に書かれている小説が、あらゆるジャンルに広がっています。
上橋 伝説や神話とも少し違うけれど、「ファンタジー」と括られている物語は、一番古い、むかしからあった物語の形式に近い気がしているんです。「しゃばけ」を読んでいると、むかし、おばあちゃんが膝の上に私をのせて、面白い話を聞かせてくれたときのわくわくする感覚を思い出して、とても心地いいんです。

イメージが降ってくる

畠中 私もファンタジーと呼ばれているもの、たとえば『指輪物語』なんかを読むのはとても好きだったんです。世界をまるごと構築する、ということに憧れもあって。自分でもそれをやりたいなあと思ってもいるんです。ただ、いざやるぞと考えたとき、時間や物の単位なんかをゼロから創っていき、説明的じゃないやり方で、読者の方に伝えるのが大変そうで、なかなかできずにいるんですけど。上橋さんの「守り人」シリーズは、王国ごとに世界の決まり事が違っていて、しかも読んでいるとすんなりと頭に入ってくる。書き始める前に、設定や物語の全体的な構想をきっちりと作られているんですか?
上橋 それが、全く作っていないんです。編集者の方にも、全部書き終わった段階で初めてお見せします。だから担当の方も、どういう物語を私が書いているのかいつも知らないんです。
畠中 それは、すごいですねえ。
上橋 いきなりイメージが頭に降ってくる。強烈なイメージが三つくらい重なって、物語の全体像が形になって見えてきたら、一行目から書き始めるんです。メモをとると書けなくなるというジンクスがあるので、何かに書きつけるということもしないんです。たとえば、ある日車を運転していたら、こんなイメージが降ってきました。崖の上に女の人が立っている。目を閉じて、竪琴を弾いている。夜であたりは真っ暗。風が強く吹いている。向こう側の暗闇には、たくさんの目が見える。あそこに何かいるとすれば、これは相当に大きな獣がいるに違いない。そうか、この女の人は、獣を眠らせようと思って竪琴を奏でているんだ。そう思ったんですが、イメージはそこで消えてしまった。それ以外何も思い浮かばなかったから、放っておいたんです。しばらくたって『ミツバチ 飼育・生産の実際と蜜源植物』という本を読んだら、蜜蜂に興味を抱く女の子の姿が浮かんできました。そこで、つながったんです。この女の子が、いずれ竪琴を弾く女性に成長するんだって。どんどんイメージが降ってきました。そうして出来上がったのが『獣の奏者』です。

世界を訪ねる感覚

畠中 おお! あの物語は、そうやってできたんですか。なんだか恰好いいです。
上橋 畠中さんは、どういう感じで、小説を書き始められるんですか?
畠中 私は、最初に、いろんなシーンだったり出来事だったりのメモを書きますね。
上橋 メモは、文章の形で書かれる?
畠中 最初は小さなノートに、箇条書きで並べていきます。そこから矢印を伸ばして、イメージを広げていく。それを、上半分をあけておいたスケッチブックの、下の部分に書き写しながらつなげていきます。後でまた読み返して、上の空白のところに訂正をいれていく。最後にそれを章ごとにまとめていって書き出す。でも結局、そこで作ったものとは、全然違うものを書いているんですけど(笑)。
上橋 わかる、わかる! その感覚、すごくわかります。
畠中 どうせ違っちゃうんだからと、何も作らずに書こうとしたこともあるんですけど、そうすると、どうもうまく書けない。あるとき、ふと気がついたんです。メモをたくさん作ることは、何度も登場人物たちのいる世界を訪れることなんじゃないかって。その世界を訪問して、もぐり込んで、人物たちにふれて、またこちら側に戻ってくる。それを何回かやっておくことが、大事なんだなあと。毎回、構想とはズレていきますけど(笑)。
上橋 ズレていく、というのはストーリーが変わっていったり、登場人物の性格や行動が考えていたものと違ってくるということですか?
畠中 登場人物はあまり変わらないですね。ただ、言うことを聞かなくなって、暴れ始めたりしますけど。そういうときは、もう動かないでってお願いしても、だめです(笑)。
上橋 おまえはもう死んでいるっていっても、死なないみたいな(笑)。
畠中 不思議なんですけど、想像していたお話が崩れていって、あっちにいったり、こっちにいったりしながら、そこだけは動いちゃいけないという場所に、最後には落ちていってくれるような気がしています。

物語の着地点、小説の長さ

上橋 お話を伺っていて、畠中さんは物語の落ち着く場所がしっかりと見えていらっしゃるように感じました。だから、面白い短編がお書きになれるんでしょうね。
畠中 新人賞を受賞して次に書いたのが四十枚の短編で、その次が二十枚のものだったんです。
上橋 それは、短い!
畠中 思わず、「二十枚って小説ですか?」って聞いてしまいました。そうしたら、担当の方が「そうです!」とおっしゃって。
上橋 私は、いままで一度も、枚数制限があるものを書いたことがないんですが、難しくなかったですか?
畠中 同じくらいの長さの小説がないか探したんです。そしたら、アシモフが書いているのを見つけて。どういうタイミングでお話が転換しているのか、構成を分析しました。
上橋 それは作家修業として、すごく大切なことをされましたね。
畠中 一回で十分です(笑)。
上橋 私は完璧に「長編」人間なので、どういう風に物語が展開していくのか、最初からは見えていないんです。バルサやチャグムと一緒に、悩みながら進んでいく。この山、越えられるかな、海の向こうに何があるかなって。いいかえれば、いつ終わるのかもわからないんです。それで、編集者の方をお待たせすることになってしまう。『狐笛のかなた』をお渡しした担当の方は、『精霊の木』で私がデビューした瞬間にお仕事を依頼してくださったんですが、当時は独身だったその方が、結婚して、子どもができて、その子が小学校にあがったくらいのときに、「すいません、書けました」って言ったら、「なにがですか?」って(笑)。

さじ加減のバランス

畠中 素朴な疑問ですけど、物語の世界を構築されるときに、苦労されることってなんですか?
上橋 畠中さんもおっしゃっていたけど、時間の概念などを説明的に書かないようにするのが難しいですね。この世界ではこういう具合に一時間が決められてるなんて説明しちゃうと、意識がぱっと物語の外に出ちゃうから、時間や世界の成り立ちなんかについては、全部、物語のなかでぶつかったときに考えるんです。歩幅や日の光の傾き方など、登場人物の肌感覚に寄せて、説明的にならないように描いていくよう心がけてます。時代ものを書かれるときは、逆に資料がたくさんあって、大変なんじゃないですか?
畠中 資料を読むのは好きなので、そんなにきついという感じではないんですけど、この前、武家ものをやったら大変でした。正しい賄賂の渡し方がわからんぞと(笑)。そういうときは、専門家の方にお話を伺いにいくこともあります。
上橋 私も『獣の奏者』では、猛禽類を診ておられる獣医さんや、音響工学の先生などに監修をしていただきました。話を伺って、あることが成立しないのが分かり、クライマックスシーンを全部書き直したこともあります。今度出る外伝では、イアルとエリンの同棲時代やエサルの若き日の恋を描いているんですが、エリンの出産シーンがあるので、産婦人科医さんに監修をお願いしました。
畠中 いま明治時代の小説を書いていて、薩摩弁が出てくるんです。辞典を参考にしていたんですが、そのまま書いちゃうと、何を言っているのか分らない。書いた自分にも分らない(笑)。
上橋 どこまで考証に従うべきかというさじ加減が、難しいんですよね。「しゃばけ」シリーズは、全ての距離感が、いい意味で洒落ている。時代考証だったり、登場人物同士の関係だったり、全部のバランスがいい。だから読んでいて気持ちがいいし、ここにもう一回行きたいという気持ちになるんじゃないかなと、感覚的に思います。
畠中 ありがとうございます。

物語を追いかける

上橋 講演会のときに客席から、失礼かとは思いますがと前置きがあって、「売れるように書こうと思いますか」という質問があったんです。尋ねられた瞬間、なんというか、物語を書く行為にまつわる「感覚」の差に愕然としちゃったんです。その答えられない感覚をうまく表現するのは難しいんですけど、物語というのは、自分の思い通りには決してなってくれない。私の場合、物語の方が主人なんですよ。物語が勝手に生まれて育って、それを追いかけているようなイメージ。畠中さんも弱い男が受けるからと考えて、若だんなを病弱なキャラクターにされたわけじゃないと思うんですけど。
畠中 いろいろな場所で聞かれることもあって、その度に、こうなんですって理由をつけてお話をしているんですが、本当のことを言っちゃうと、ああだったから仕方がないんです、としか言えないんですよ(笑)。
上橋 それがやっぱり、本音ですよね。登場人物について、どうしてそういう性格にしたのかと問われること自体が、私にはすごく不思議に感じられるんです。
畠中 私は今回文庫化される『蒼路の旅人』に出てくるヒュウゴがすごく好きなんですよ。
上橋 ありがとです! いい男ですよねえ(笑)。『蒼路の旅人』は、「守り人」シリーズで一番だといってもいいくらい難産だったんです。執筆時に、ちょうど博士論文を書いていたというのも理由のひとつではあるんですけど、前作から時間を置いてしまったので、リズムが途切れて、最後のシーンが出てこなかった。そしたらある時突然、チャグムがとんでもないことをするイメージが見えて、あ、そうだった、これだったんだ! と気づいてやっと物語が生まれてきたんです。
畠中 今度出る『ゆんでめて』は、構成の点でだいぶ遊びをいれた作品になっています。左と右に分かれた道があって、若だんながそのどちらかを選んで進む。物語が終わりに近づくにつれ、四年前、三年前、二年前、一年前と、時間が下っていって、最後にまた……。
上橋 えっ、すごく難しいと思いますけど、その構成!
畠中 やって後悔しました(笑)。
上橋 でも、楽しそうですねぇ。そういう発想から物語が生まれてくるというのも、畠中さんらしくていいな(笑)。


(うえはし・なほこ 作家)
(はたけなか・めぐみ 作家)
波 2010年8月号より

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著者プロフィール

上橋菜穂子

ウエハシ・ナホコ

1962(昭和37)年東京生れ。川村学園女子大学特任教授。オーストラリアの先住民アボリジニを研究中。著書に、『狐笛のかなた』(野間児童文芸賞)の他に、『精霊の守り人』(野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞、バチェルダー賞)、『闇の守り人』(日本児童文学者協会賞)、『夢の守り人』(路傍の石文学賞)、『神の守り人』(小学館児童出版文化賞)、『天と地の守り人』、『虚空の旅人』、『蒼路の旅人』、『流れ行く者』、『炎路を行く者』、『風と行く者』、『「守り人」のすべて』、『獣の奏者』、『物語ること、生きること』、『隣のアボリジニ』、『鹿の王』(本屋大賞、日本医療小説大賞)、『鹿の王 水底の橋』、『香君』などがある。2002(平成14)年「守り人」シリーズで巖谷小波文芸賞受賞。2014年国際アンデルセン賞作家賞受賞。2023(令和5)年「守り人」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。

上橋菜穂子 公式サイト 木漏れ陽のもとで (外部リンク)

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