ホーム > 書籍詳細:老人と海

老人と海

ヘミングウェイ/著 、高見浩/訳

572円(税込)

発売日:2020/06/24

  • 文庫
  • 電子書籍あり

老漁師は、一人小舟で海に出た――。ノーベル文学賞をもたらした最高傑作、待望の新訳。

八十四日間の不漁に見舞われた老漁師は、自らを慕う少年に見送られ、ひとり小舟で海へ出た。やがてその釣綱に、大物の手応えが。見たこともない巨大カジキとの死闘を繰り広げた老人に、海はさらなる試練を課すのだが――。自然の脅威と峻厳さに翻弄されながらも、決して屈することのない人間の精神を円熟の筆で描き切る。著者にノーベル文学賞をもたらした文学的到達点にして、永遠の傑作。

目次
老人と海
解説 高見浩
翻訳ノート
年譜

書誌情報

読み仮名 ロウジントウミ
シリーズ名 Star Classics 名作新訳コレクション
装幀 影山徹/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 192ページ
ISBN 978-4-10-210018-9
C-CODE 0197
整理番号 ヘ-2-4
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 572円
電子書籍 価格 539円
電子書籍 配信開始日 2020/07/10

書評

音楽と文学の幸福な関係

けんご

文学作品にオマージュをささげた音楽画集『幻燈』を発売した大人気アーティスト・ヨルシカ。その大ファンであるけんごさんが、新潮文庫とのコラボレーション作品を解説します!

読書初心者へのおすすめは

 アップテンポな曲調のなかにある喪失感と文学性――ヨルシカの魅力はそこにあります。僕は大学生のときにヨルシカの「ただ君に晴れ」を耳にして衝撃を受けて以来、今では年に何度もライブツアーに足を運ぶほどのファンになりました。
 今回のヨルシカと新潮文庫のコラボレーションは、ヨルシカファンで普段、本をあまり読まない人、反対に、読書家でヨルシカの楽曲を聴いたことがない人、その両方におすすめしたいです。
 まず読書初心者には、楽曲「左右盲」のモチーフになったオスカー・ワイルドの『幸福な王子』を。これは、王子の像が貧しい人たちのために自らを彩る宝石や金箔を分け与えてしまう、というお話。読みやすいけれども、深いメッセージを持った非常に感動的な作品です。
「左右盲」は『今夜、世界からこの恋が消えても』という小説が原作となった映画の主題歌でもあります。これは失われていく恋の記憶をめぐる物語で、「左右盲」の歌詞と結びつくのですが、さらにヨルシカのコンポーザー・n-bunaさんは、「剣の柄からルビーをこの瞳からサファイアを」という『幸福な王子』にオマージュを捧げた歌詞を持ってきます。恋人の記憶を次第に失くしていく様が、宝石や金箔を少しずつ剥がされていく王子の様子に見事に重ね合わされているわけです。僕がヨルシカの魅力として挙げた「喪失感」を体現した曲だと思います。
ブレーメンの音楽師』は、短いグリム童話がたくさん詰まっていて、やはり読み慣れていない方におすすめです。物語と楽曲「ブレーメン」には共通点があります。それは、一見陽気でポップなのですが、実はその底に深い悲しみが流れているところ。
 本作はロバや雄鶏など動物たちが泥棒をやっつけるという痛快な物語ですが、実は彼らはそれぞれに、長年尽くした主人に虐待され家を出てきた、という切ない過去があるのです。
 そのせいか、楽曲も明るいテンポの曲なのに歌詞の所々から苦しみが感じられます。ブレーメンを目指す仲間は四匹なのに、「ずっと二人で暮らそうよ」とか「たった二人だけのマーチ」とか、あえて「二人」というフレーズが用いられているのが印象的で、動物たちが自分を捨てた主人に向けての未練を歌っているのかな、などと深読みしてしまうほど、悲哀が強く感じられました。

書影

対照的な二曲

老人と海』『新編 風の又三郎』は誰もが知る名作文学。この二作をモチーフにしたヨルシカの「老人と海」と「又三郎」は対照的な楽曲で、その違いを楽しむという聴き方ができます。
「又三郎」はボーカルのsuisさんの嵐のように力強い歌声がガツンと耳に入ってきます。それはまるで、田舎の小学校にやってきた転校生、又三郎のよう。彼は小さな村の閉塞感を吹き飛ばすような存在でした。
 反対に「老人と海」は、柔らかな力強さが感じられる曲です。ヘミングウェイの『老人と海』は読みだした途端、命をかけて闘う老人の姿に夢中になりました。満身創痍で帰還した老人を、彼を信頼する少年が労わる、という穏やかな結末と、静謐に終わっていく曲のイメージとが重なります。
 子どもたちの物語にオマージュを捧げた勢いの良い「又三郎」と、老人のしなやかな強靭さを表現する「老人と海」。物語を読んでから曲を聴くと、さらに深くその対比が迫ってくるのではないでしょうか。

理解することだけが読書じゃない

 楽曲「月に吠える」と『萩原朔太郎詩集』、「チノカテ」とジッドの『地の糧』は、読書好きでヨルシカの曲をあまり聴いたことがない、という方におすすめしたいコラボーレーション。
 萩原朔太郎の「月に吠える」を読んで、詩というものは小説以上に行間から様々なイメージが立ち上がるものだと実感しました。怖くて、グロテスクで、幻想的で。n-bunaさんが朔太郎の言葉と言葉の間から湧き出すイメージを、自分の中で咀嚼して吐き出したような楽曲「月に吠える」には、詩の作品世界が鮮やかに表現されています。
「ずっと叶えたかった夢が貴方を縛っていないだろうか?」というサビのフレーズが心にぐさっと刺さって残り続ける楽曲「チノカテ」。この曲がオマージュを捧げているジッドの『地の糧』には、こんなにすごい作品だったのか――と心から驚かされました。
 特に僕が印象に残ったのは以下のフレーズです。「私の一生に満たし得なかったあらゆる欲望、あらゆる力が私の死後まで生き残って私を苦しめはしないかと思うと慄然とする。私の心中で待ち望んでいたものをことごとくこの世で表現した上で、満足して――或いは全く絶望しきって死にたいものだ」。まさに「チノカテ」のサビにも通じる箇所です。
 この本は一見難解ですが、わかろうとして読むものではなく、読者一人ひとりが自らの心に響く言葉を探しながら読むものではないでしょうか。「チノカテ」を聴くことがその一助になります。「理解することだけが読書じゃない」、僕はそう思います。
 ヨルシカの楽曲はたくさんの人に愛されているけれど、n-bunaさんは一貫して、多くの人に向けてではなく自分自身に向けて曲を作り続けているのではないかと想像します。だからこそ、僕を含めて曲を聴いた人間が「これは自分のことだ」と自己の深いところで受容することができるんです。

『地の糧』復刊という文学的事件

 今回のコラボレーションをきっかけに『地の糧』が約四十年ぶりに復刊されたことは、アーティストの影響で過去の名作が読めるようになった、というひとつの事件です。
 文学によって独特の感性を培ったヨルシカが作った音楽が、多くの人が文学に触れる契機を作る。文学と音楽の両方を愛しているヨルシカだからこそ、その架け橋になることができるのです。こうしたことは今後も起きるはず。音楽と文学というのは意外に相性がいいと僕は思います。
 僕がTikTokで小説を紹介し、それが嬉しいことに特に若い世代が本を手に取るきっかけになっているように、文学というのは決して閉じたジャンルではなく、音楽や映像、SNSといった他の領域にも開かれ、さらに拡がっていく可能性を秘めている、そう僕は確信しています。

(けんご 小説紹介クリエイター)
波 2023年5月号より

僕を小説沼に導いた新潮文庫

けんご

「きっと幼少期から小説をたくさん読まれてきたんですよね」
 小説紹介クリエイター・小説家として活動する僕は、応援してくださる方からこのようなことを頻繁に言われます。幼い頃から読書に親しんでいたと思われるのは自然なことかもしれません。しかし、僕が一冊の本を初めて読んだのは大学一年生のときです。東野圭吾さんの代表作『白夜行』が初読書でした。2022年現在、社会人二年目なので読書歴は約五年。短いですよね。それでも、いまでは読書が趣味だと胸を張って言えるようになったと思います。
 読書の魅力をまだ知らないころの僕は、小説=難しい、という凝り固まった偏見を持っていました。そんな僕でしたが、趣味が欲しくて小説を読み始めることになります。ここで当時の自分に一言だけ言わせてください。「よく最初にあの作品たちを選んでくれた!」と。最初に『白夜行』を読んだ後、宮部みゆきさん著『火車』、伊坂幸太郎さん著『ゴールデンスランバー』の順番で小説を読みました。そして海外文学初挑戦作品が『老人と海』です。小説をよく読まれる方ならお気づきかもしれませんが、僕はきっと小説を好きになるべくしてなったのです。もはや、新潮文庫のおかげで好きになったとさえ言えるかもしれません。今回は僕を小説沼に導いた新潮文庫三作品の魅力をご紹介します。
 まずは『火車』です。三十年前の作品なので情景描写は古く感じますが、いまこそ読まれなければならない作品の一つと言えます。

Image

 現代では、「キャッシュレス化」がかなり進んでいますよね。現金を持ち歩かないという人も珍しくはありません。一昔前に比べて、ネットが普及し、クレジットカードを使う機会も増え、いまや学生でもカードを持つ時代になりました。
『火車』をネタバレせずに一言でまとめると、金融地獄に落ちていく人の話です。クレジットカードをはじめ、ローンや消費者金融など、手元に存在しないお金を使うことができる仕組みはかなり便利ですよね。当然ですが、そのような金融サービスを使えば返済を求められます。何かを購入する際に代金を支払うことは常識です。
 では、もし返済が不可能になったとしたら――その人はどうなるでしょうか。
 お金は便利な反面、人生をどん底に落とすほどの力を持っています。この学びのある不朽の名作を現代の学生さんに届けることが、小説紹介クリエイターである僕の使命なのかもしれません。
 夜通しで一心不乱に読み耽った作品があります。それこそが、『ゴールデンスランバー』です。数々の名作を生み出してきた伊坂幸太郎さんの作品の中でも、特におすすめします。
 首相暗殺の濡れ衣を着せられ、逃亡する主人公を描いた物語。この短いあらすじだけでもワクワクしませんか? 誇張でなく、こんなに緊迫感のある作品は、なかなかありません。
 主人公は平凡な配達員だった男。彼はあることをきっかけに、ちょっとした有名人になった過去があります。そのブレイクはあっという間に過ぎたのですが……、次は日本中から犯罪者として追い回されることになるのです。その謎が全て繋がったとき、この作品を読んでよかったと心底思いました。より多くの人に届けたい、究極のエンタメ小説です。

Image

 突然ですが、ここで質問があります。海外文学にどのようなイメージを持っていますか? 難しそう、と思われている方も多いのではないでしょうか。事実、僕はそう思っていました。
 しかし『老人と海』を読んで、そのイメージはなくなりました。

Image

 この作品は、ただひたすらに漁師の老人とカジキマグロが格闘をする話です。それだけなのに感動が止まりませんでした。物語の老人に生きる勇気をもらえたんです。さすがはノーベル文学賞受賞作。言わずもがなの名作です。これから海外文学に挑戦する人にピッタリな作品です。
 もう三冊紹介してしまいました……。まだまだ紹介したい作品は山ほどありますが、文字数の上限が迫ってきたので、続きはSNSを使って紹介することにします。

(けんご 小説紹介クリエイター)
波 2022年7月号より

「スター・クラシックス」を知っていますか

新潮文庫編集部

 今月の新刊にはバーネット小公子』(川端康成訳)とヘミングウェイ『老人と海』(高見浩訳)という二冊の海外翻訳作品が並びました。でも不思議に思われた方も多いかもしれません。ともに名作なのになぜ「新刊」なのか、『老人と海』だけどうして「スター・クラシックス」というマークがついているのか――。その謎に答えつつ、今回は文庫編集部から新潮文庫の海外作品をめぐる豆知識、トリビアをご紹介したいと思います(タイトルは今月の新刊にも入っている人気シリーズにあやかってみました。すみません!)。
 新潮文庫ではこれまでも読みやすさや作品の新しい解釈をいかすべく、改訳や新訳を随時行ってきましたが、2014年に創刊百年を迎えたのを機に、近年刊行された新訳作品に「永遠の名作」との思いを込めて「スター・クラシックス 名作新訳コレクション」(以下SC)という名前を冠することにしました。それほど厳密ではありませんが「二十一世紀以降の新訳」が一応の目安で、帯のマークが目印です。『老人と海』は1966年の刊行以来、福田恆存訳で親しまれ、福田氏自身の手によって二度改訳されていますが、近年ヘミングウェイの新訳に挑んでおられる高見浩氏にこのたび新訳をお願いしました。したがってこちらはSCというわけです。
 一方の『小公子』は1960年の川端訳ですのでSCではありません。では今なぜ川端訳の『小公子』なのか。じつは本書刊行のきっかけは本誌「」に昨年掲載された小野不由美氏のインタビューなのです。詳細はこちらをご覧いただくとして、ともかくそれを目にした編集者たちが「これはぜひ読んでみたい」と大いに盛り上がり、カバー装画も山田章博氏に描き下ろしていただき、刊行の運びとなったのでした。
 カバーといえば、長く刊行されている作品はカバーも何回か替わっています。改訳や文字拡大改版のタイミングにあわせて模様替えするケースが多いのですが、福田訳『老人と海』もカバーは歴代で三種類。当初はカジキマグロを大きく描いた装画でしたが、まもなく作家の写真をあしらった田中一光デザインのヘミングウェイ作品共通のカバーに。これが三十数年続きましたから馴染みの方も多いでしょう。2003年からの塩田雅紀氏による装画も老漁夫の乗る小舟と雲が印象的でしたが、高見訳への切り替えにあわせて影山徹氏の装画による新しいカバーに替わりました。カジキマグロの泳ぐ海中から小舟と空を仰ぎ見る構図をお楽しみください。
『老人と海』は新潮文庫海外作品の累計部数ランキングで堂々一位の作品でもあります。日本作品を含めた順位でも、夏目漱石こころ』、太宰治人間失格』に次ぐ第三位。四位が漱石『坊っちゃん』、五位がカミュ異邦人』ですから、トップ5に海外作品が二つも入っています。また1976年から始まった「新潮文庫の100冊」フェアで、第一回目からラインナップに入り続けているのは、日本作品が『こころ』『人間失格』ほか井伏鱒二黒い雨』、宮沢賢治銀河鉄道の夜』、三浦綾子塩狩峠』の五作品。対して海外作品は『老人と海』『異邦人』にカフカ変身』、ドストエフスキー『罪と罰』(上下)ヘッセ車輪の下』、モンゴメリ赤毛のアン』の六作品。海外の名作は新潮文庫の「顔」でもあるのです。
 歴史を遡れば、1914年創刊当時の新潮文庫(第一期)は海外作品だけでした。「『新潮文庫』刊行の趣旨」には「久しく一部専門の士の間にのみ親しまれたる泰西の名著は、斯くして完全に一般的読物たることを得ん」とあります。「泰西の名著」の正確な翻訳と普及を掲げていたのです。記念すべき一冊目はトルストイ人生論』。そして戦後の1947年7月、川端康成『雪国』を皮切りに今に続く第四期の刊行が始まるわけですが、当初は昭和の日本文学に主眼を置いており、海外作品が加わるのは1950年11月から。こちらの一冊目はスティーヴンスンジーキル博士とハイド氏』でした。
 かくして新潮文庫では、のべ三千点以上の海外作品を刊行し続けてきましたので、もはや現在の編集部ではわからないことも多々あります。最大の謎は背表紙の名前の入れ方です。ヘミングウェイ、シェイクスピアディケンズチェーホフ……どうやら古典文学や文豪は姓だけが基本のようなのですが、サリンジャーカポーティが姓だけなのに、ほぼ同年代のアラン・シリトーはなぜ違うのか。ミステリなどエンターテインメント系は後者が多いからジャンルによるのかと思いきや、ジェフリー・アーチャーモーリス・ルブランに対してフリーマントルポーという表記もある。ポーはポーなのになぜトーマス・マン? ましてニーチェフロイトの背だけに付いている「N」「F」っていったい何?
 ほかにも背色に不思議なバリエーションがあるなど謎は尽きません。すべてをきれいに整えるべしという考え方もあるかもしれませんが、その一つ一つが先輩たちの試行錯誤の跡、歴史の地層だと思うと、これはこれでむしろ味わい深いものがあります。風雪に耐え、長い年月をかけて磨かれた珠玉の作品群です。書店の棚で背表紙を眺めながら、こうした謎も楽しんでいただけたらと思います。

(新潮文庫編集部)
波 2020年7月号より

著者プロフィール

ヘミングウェイ

Hemingway,Ernest

(1899-1961)シカゴ近郊生れ。1918年第1次大戦に赤十字要員として参加、負傷する。1921年より1928年までパリに住み、『われらの時代』『日はまた昇る』『男だけの世界』などを刊行。その後『武器よさらば』、短編「キリマンジャロの雪」などを発表。スペイン内戦、第2次大戦にも従軍記者として参加。1952年『老人と海』を発表、ピューリッツア賞を受賞。1954年、ノーベル文学賞を受賞。1961年、猟銃で自裁。

高見浩

タカミ・ヒロシ

東京生れ。出版社勤務を経て翻訳家に。主な訳書に『ヘミングウェイ全短編』『日はまた昇る』『老人と海』『羊たちの沈黙』『ハンニバル』『ホット・ゾーン』『北氷洋』など。著書に『ヘミングウェイの源流を求めて』がある

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

ヘミングウェイ
登録
高見浩
登録
文芸作品
登録
評論・文学研究
登録

書籍の分類