新潮文庫メールマガジン アーカイブス
今月の1冊


 日本を代表する料理研究家・土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』は、2016年の刊行直後から大きな話題を呼び、「一汁一菜」ムーブメントの火付け役となりました。シンプルでいて絶大なインパクトのあるカバーが印象に残っている方も多いのではないでしょうか。(このカバーの制作秘話が記されたあとがき「きれいに生きる日本人――結びに代えて」も必読です!)

――日常の食事は、ご飯と具だくさんの味噌汁で充分。あれば漬物を添えましょう。
 土井さんのこの提言は、日々の料理を担う多くの人の心を楽にしてくれました。
 毎食、一汁三菜の食事を作るべき、肉か魚のメインと野菜の副菜を用意するべき、毎日違ったメニューを考えるべき......。そんな「思い込み」に囚われ、献立作りや買い物や、調理が苦痛になってしまう。ちゃんとできない自分に落ち込んで、憂鬱な気持ちになる。

 そのような方にこそ、本書を読んでいただけたらと思います(かくいう私も、そんな「べき」に縛られていた一人です)。「一汁一菜」の具体的な実践法を紹介しつつ、食文化の変遷、日本人の心についても考察します。日常の食事は、「とびきりおいしい」ものである必要はなく、「普通においしい」くらいでいいのだという指摘に、深く納得し、救われたような気持ちになりました。文庫化に際して、コロナにも言及した文庫版あとがき(「一汁一菜の未来――文庫化にあたって」)も新たに収録。土井家のリアルな食卓のカラー写真も満載です!

 本書を片手に「一汁一菜」という生き方を始めてみませんか?
 健康的で心地よい、持続可能な暮らしの一助になることと思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2021年11月15日   今月の1冊


『雷電本紀』『始祖鳥記』『出星前夜』などで歴史時代小説ファンの胸を熱くさせてきた飯嶋和一さんの最新作『星夜航行』がついに文庫化! 初の上下巻、計1500ページ超えという大長編ですが、「出会えてよかった」作品になることをお約束します。

 飯嶋作品は常に、歴史に埋もれた人物を掘り起こし、その非凡さや高潔さを丹念に描写しながら、読む者の心を満たしてくれます。本作も例外ではなく、主人公は三河国の馬飼い・沢瀬甚五郎。類稀なる馬扱いの才能を見出されて徳川家の家臣となりますが、家康と嫡男の争いに巻き込まれ出奔し、やがて船商人に。戦国の世に、日本を超えて飛翔し、波瀾の人生を送ります。

 圧巻の馬競べの場面、小姓頭・修理亮と甚五郎の絆、阿蘇大宮司の重臣だった岡本慶次郎が選んだ道など、読みどころを挙げればきりがありません。
 甚五郎の生き方は、人間のあるべき姿そのものであり、触れるたびに背筋が伸びる思いがします。些事に囚われている自分は本当に小さい......と思い知りつつ、そんな「小ささ」を否定するわけではなく、圧倒的に「大きい」存在をただ目の前に見せてくれる、そんな優しさも飯嶋作品の魅力です。

 寡作ゆえ「オリンピック作家」などとも呼ばれ、本作も連載から数えると九年もの歳月を費やしました。読書の秋にゆっくり読んでいただけたらと思いますが、読み終えたらきっと、「次の作品はいつ!?」と焦れてしまうことと思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2021年10月15日   今月の1冊


 2005年に発表されるやいなや、たちまち話題を呼び、文庫版もロングセラーとなっている、松岡圭祐さんの『ミッキーマウスの憂鬱』。日本人なら知らぬ者のないエンターテインメント施設の裏方を主役にすえた、画期的な青春小説です。

 今作の主人公、永江環奈も同じく裏方。東京ディズニーランドでカストーディアルキャスト(清掃のアルバイト)をしています。大好きな施設で働けてはいるものの、家族からの理解が得られず、繰り返される毎日にちょっと疲れてしまった。そんなある日、自分にもテーマパークの顔として内外で活躍するアンバサダーになれる資格があることを知り、永江環奈は挑戦を決意します。無謀、不可能と言われながらも、周囲の応援を背に受け、夢に向かって一歩ずつ前進してゆく環奈。しかし迎えた選考会当日はあいにくの雨、さらに園内でゲスト(入園者)をめぐる大騒動が発生してしまい、彼女もそれに巻き込まれてしまいます。

 待ち望まれていた『ミッキーマウスの憂鬱』の続編が16年後に文庫書き下ろしで登場。痛快爽快なお仕事小説でありながら、恋あり、謎解きありと、名手の才が存分に発揮されています。青春のただ中にいる方にも、それを懐かしく想う方にも、自信をもってオススメできる、エンターテインメント長編です!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2021年10月15日   今月の1冊


 レイチェル・カーソンの不朽の名作エッセイ『センス・オブ・ワンダー』を文庫化しました。
 レイチェル・カーソンは『沈黙の春』(新潮文庫刊)で農薬DDTの危険性を誰よりもはやく告発した生物学者として知られますが、詩情あふれるエッセイもたくさん遺した作家です。なかでも自然の美しさや生命の不思議に触れることで人が得られるものの大きさを説く本書は、カーソンの没後に彼女を慕った友人たちの手によって出版され、世界的なベストセラーになりました。どちらも環境運動の端緒とされる必読の作品です。
『センス・オブ・ワンダー』の文庫化にあたり、川内倫子さんに作品を提供してもらいました。センス・オブ・ワンダーを体現する美しい写真をお楽しみください。また、生物学者の福岡伸一さん、文芸批評家の若松英輔さん、神経科学者の大隅典子さん、そして児童文学作家の角野栄子さんに、この作品の重要性を語っていただく解説を収録。20世紀の名著を次の世紀に遺すに相応しい文庫版になりました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2021年09月15日   今月の1冊


 少女小説を中心に多くの人気作品を発表している三川みりが、新潮文庫nexで骨太の本格ファンタジーを発表しました。舞台は、巨大な龍の上に存在するとされる大地。九つの国の中の一国で、皇尊(すめらみこと)が崩御し、三人の男たちによる皇位の座を巡る競い合いが始まります。しかし、その中の一人である日織皇子(ひおりのみこ)は、実は女なのです。

 この国では、女は龍の声を聞く。しかし、生まれながらにその能力(ちから)を持たない者は、遊子(ゆうし)と蔑まれ、存在を消される定め。そのために日織は姉を失いました。一方、男が得てはならない力があります。それらの能力を「もたざる者」と「もってしまった者」を待ち受けるのは残酷な掟です。日織は、次の皇位に就いてこの国を変えるために、自らの性を偽り、皇尊となる決断をするのです。
 一見、ファンタジックな設定の国盗り物語かと思いきや然に非ず。全ては、「命」を護るための「覚悟」なのです。
 主人公の日織のみならず、一人ひとりが背負う宿命に立ち向かう姿が深く丁寧に描かれています。それぞれの悲痛な覚悟は、現代の閉塞感を抱える世の中を生きる人の心に、熱い勇気を注いでくれる物語です。
 そして、イラストレーター千景が描く装画の美しさもまた、圧巻です。

 野望渦巻く覇権よりも深淵な、人としての生き様を問う男女逆転宮廷絵巻。天地揺るがす圧倒的な物語の世界を、お楽しみください! 

●特設サイトでは、物語概要、登場人物紹介、応援メッセージなどを紹介しています。
→特設サイトはこちら

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2021年09月15日   今月の1冊