ホーム > 新潮新書 > 新書・今月の編集長便り > どこまでがインチキか

新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

どこまでがインチキか

 暮れになると、ときどき思い出す出来事があります。あれは確か小学校6年生の今時分、生まれて初めて新聞記者の取材を受けたときのことです。
 地元紙の正月用別刷り企画として、私の住んでいた地域に残る大コマ遊びを取り上げることになり、どういう経緯か、私たち遊び仲間数人に声がかかったのでした。学校の裏にある神社に集まって、私たちが直径20センチくらいの特大のコマを、蔓で作った特製のムチで叩いて廻す。新聞記者はそれを写真に撮るだけという取材でしたが、ずいぶん時間がかかり、最後はあたりも暗くなり、寒い思いをしたのを憶えています。
 時間がかかったのは、大コマがなかなか廻らなかったからです。交替で3人がかりで大コマを叩くのですが、叩いても叩いても、なかなか立って廻ってくれない。結局、最後までコマが自分で立つことはありませんでした。
 では、撮影はどうしたのか。新聞記者のアイデアで、カメラの死角になるところに支えになるものを置いて、大コマをむりやり立たせたのです。そして、私たちはさも廻しているかのように演技をしながら、コマの周りの地面をムチで叩いたのでした。

 あんなインチキをしたんじゃ、新聞には載らないよなあ――みんなそう思っていましたが、正月の紙面を見てびっくり。別刷りの一面を使って、私たちの写真がドーンと出ていたのです。我ながら自分たちの演技は迫真もの(?)でしたが、コマをよくよく見ると、立ってはいても廻っていないのがわかります。私は新聞に出てしまったこそばゆさが半分と、こんなんでいいのかなあという後ろめたさが半分。写真を眺めながら、子供心にそんな微妙な感慨を抱いたおぼえがあります。
 実をいえば、後ろめたさの理由は、なにも写真の撮り方に対してだけではありませんでした。何を隠そう、そもそも私たちはそんな大コマで遊んだことは一度もなかったのです。それどころか、見たこともなかった(だからコマを廻せなかったのも当然でした)。
 新聞記者がそれを知らなかったはずがありません。おそらく私たちの上の世代まではそんな遊びがあり、それを記者が聞きつけて、じゃあ今の子供たちにやってもらいましょう、ということになった。そんなところではないでしょうか。

 今から思えば、この記者の行為は「思うような写真が撮れないために、撮影の際にちょっと工夫をした」というだけでなく、それ以前に、「伝統的な遊びが綿々と受け継がれている」という物語、「お話」を作ったわけですね。
 果たしてこれは断じて許されない行為なのか、罪のない話だからこの程度は許されるのか。あるいは、写真撮影の工夫くらいは許されるのか、それすらとんでもないことなのか。おそらく意見の分かれるところでしょうが、こうした例は新聞のみならずメディアの至る所に転がっているのが現実でしょう。

 10月に刊行した『テレビの嘘を見破る』(今野勉著)は、テレビの世界において、こうした「工夫」や「お話づくり」が実際にどのように行われているかをひもときながら、いったいどこまでが許されるのか、じっくりと考えた本です。長年ドキュメンタリーの分野の第一線で活躍してこられた今野氏が、作り手としての自らの経験を踏まえながら、豊富な実例をもとに「そもそもテレビ的事実とは何か」を問いかけます。
 たとえば、車で見知らぬ土地を訪ねる時にどうするか。番組では到着するまでの風景が雰囲気たっぷりに挿入されていますが、あれは実は行きに撮影するのではなく、帰りに撮った映像を、さも行きに撮ったかのように編集するのだそうです。行きの道中では撮影場所を「ロケハン」し、ポイントを絞った上で、帰りに撮るわけですね。私はてっきりロケハンの先発部隊が別にいて、事前に調べているのかと思っていましたが、考えてみれば、限られた日数、限られたコストの中では、そのやり方の方が合理的です。しかし、これでは厳密には「本当の映像」ではないということになります。
 これはほんの一例にすぎません。こうした「撮影の工夫」はまだ序の口で、実際にはほとんど「作り話」に近いケースまで、作り手の「作為と工夫」は及んでいるのです。今野氏は、それを安易に断罪することなく、一つ一つ丹念に考えながら、テレビというメディアの本質について問いかけていきます。
 私も活字に関わる者の端くれとして、大いに考えさせらる本でした。メディア・リテラシーの重要性がよく言われる昨今ですが、観念的なメディア論ばかりが多い中で、作り手の現実を踏まえた本書こそ、最良の「メディア・リテラシー入門」と呼ぶにふさわしいと思っています。おかげさまで非常に好評で増刷を重ねており、書店でも探しやすいはずです。未読の方はぜひ手にとってみてください。

 さて、今月の新刊は以下の4点です――。
韓国人は、こう考えている』(小針進著)は、「韓流」で少し身近になった隣人の「今の考え方」に迫ったものです。彼らは日本やアメリカ、中国、北朝鮮を、それぞれどう思っているのか。豊富な世論調査も踏まえた研究で、意外な面が浮かび上がります。
金貸しの日本史』(水上宏明著)は、「金貸し」という観点から日本史を読み直した異色の歴史読み物。日本で銀行はなぜ嫌われるのか、日本の金融業になぜ老舗がないのか、など目からウロコが落ちること請け合いです。みんなカネには苦労していたのです。
仁義なき英国タブロイド伝説』(山本浩著)は、「タブロイド版」で知られるイギリス大衆紙の、盗撮、潜入、仕掛けなど「何でもあり」の世界を活写した一冊。面白さは折り紙付きですので、『テレビの嘘を見破る』と併せてどうぞ。
戦国武将の養生訓』(山崎光夫著)は、戦国の名医といわれた漢方中興の祖・曲直瀬道三の残した「養生俳諧」と房中術の全貌を、初めて紹介します。信長、秀吉、家康から天皇家、将軍家まで頼りにした名医の知恵は、現代にも十分に通用するものです。

 今年も一年間、メルマガのご愛読ありがとうございました(もう一年が過ぎてしまったのですね)。毎度毎度このような駄文にお付き合いいただき、感謝しております。来年も引き続きご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
 それでは皆様、よいお年をお迎えください。

2004/12