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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

チームの物語

 白熱した日本シリーズも終わり、野球ファンにとってはさびしい季節になりました。今年は18年ぶりの阪神優勝、松井の大リーグ挑戦など、例年にも増して話題の多いシーズンでしたが、いつもこの時期になると、ふと我に返って素朴な疑問が浮かんできます。何が私たちをこんなにも野球に熱中させるのか、と。
 放課後の三角ベースから始まって、暇があればキャッチボールで遊び、野球マンガを読みふけった少年時代。大人になってからも、野球小説と銘打たれていれば手に取ってしまうし、スポーツ新聞の記録欄にはつい目を通してしまう。一年に何回かしか袖を通すことはないのに、草野球チームのユニフォームを作るときのあの感激……。わが身を振り返っても、「野球」に費やしてきた時間を数えると気が遠くなるほどです。
 もちろん、最大の魅力は「一球をめぐるドラマ」なのでしょう。野球を観る楽しみは確かにそこにありますし、「江夏の21球」をはじめとする故山際淳司さんの野球ノンフィクションの魅力もそこにあったように思います。でも、それだけではないんですよね。「一球をめぐるドラマ」というだけなら、サッカーでもラグビーでも球技系スポーツすべてに言えることですし、そもそもスポーツにはそれぞれドラマがあるわけですから。
 つらつら思うに、私たちが野球に惹かれる理由は、「チームのあり方」にあるのではないでしょうか。野球の際立った特徴は、9人のメンバーの役割がはっきりしているという点です。守備側のポジションはいうまでもなく、攻撃側も打順ごとに明確な役割があります。「エースで四番」タイプばかり集めて勝てるわけではない。むしろ、「足が速い」「器用で何でもこなす」「パワーヒッター」「肩が強い」といったバラバラな個性が集まった方が優れたチームになる。個性を許容するというか、むしろ個々の持ち味が求められ、それぞれの責任が明確になるスポーツなんですね。

 これは、観る側からすれば、感情移入しやすいともいえます。阪神を例にとれば、井川ファンや今岡ファンだけではないでしょう。赤星、矢野、金本、檜山、あるいは片岡のシブさがたまらないという人もいるはずです。それぞれのファンが、自分好みの選手を見つけて感情移入できる。これはエンターテインメントの要諦に通じる特徴でもあります。古くは「南総里見八犬伝」「真田十勇士」に始まって、「七人の侍」やその影響を受けた西部劇の数々、「太陽にほえろ!」などの刑事ドラマ、「サイボーグ009」などのアニメ……いずれも異なる個性の集まったチームの物語です。『ドカベン』の人気を支えたのは山田太郎だけじゃありません。岩鬼がいて里中がいて殿馬がいたからこそなのです。
 それはまた「群像の魅力」とも言えるでしょう。「三国志」がいまだに根強い人気を持つのは、魏、呉、蜀それぞれに個性あふれる武将たちがいるからですし、日本の戦国時代や幕末が物語の題材になりやすいのも同様の理由です。特に幕末という時代は、目的の違うそれぞれのチームに個性あふれる人物たちがいて、いろいろな角度から楽しめる。薩摩ひとつとっても、島津斉彬、島津久光、西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀、桐野利秋、川路利良……と、なんと魅力的な人物が揃っていることか。
 そう考えると、野球や戦国・幕末ものがビジネス雑誌と馴染むのも、むべなるかなという気がします。組織で働く人間にとっては、「チームのあり方」というのは無関心ではいられないことですから。私もビジネス雑誌の記事には「そんな単純なたとえ話をされてもなあ」と思いながら、つい日常のいろんな局面で野球になぞらえている自分に気づいて、苦笑することがしばしばです。『八犬伝』の昔からチームの物語の要諦が変わらないように、きっと私たちが野球を愛しつづけるのも、何かの「ツボ」にはまっているからなのではないでしょうか。

 チームや組織といえば、誰しも避けて通れないのが人間関係の問題です。人の悩みの大半は人間関係に関することですし、仕事を進める上でも人間関係は大きなウエイトを占めます。特に気になるのが、自分の周りの人間との「相性」でしょう。
 意を尽くし、理性的に説明しているのに、なぜか理解してくれない上司。悪い奴ではないとわかっているのに、つい反発を感じてしまう同僚。下の娘は何をしてもかわいいけれども、上の娘は何をやってもカンに障る。好きになろうとしている相手なのに、なぜか愛情が湧かない……。職場で、家庭で、友人関係で、男女関係で、なぜか気が合わない人がいる。「相性」のよしあしは、いったいどこで決まるのか――。
 その謎に迫ったのが今月刊の『相性が悪い!』(島田裕巳著)です。ここでは詳しく明かしませんが、島田さんは長年の人間観察と文化人類学的なアプローチから、「相性の法則」というべき独自の仮説を導き出しました。とにかく読めば誰でも「確かにそうだ!」と思い当たるフシがあるはずです。職場の人間関係に悩んでいる方、両親や兄弟との折り合いが悪い方など、ぜひご一読いただきたいと思います。「なんだ、そんなことだったのか」と気が楽になること請け合いです。

 ほかにも、今月は「人間の営み」に迫った作品が揃いました。『銀行員諸君!』(江上剛、須田慎一郎著)は、みずほ銀行の支店長にして覆面作家であった江上氏が初めて自らの銀行員生活を明らかにし、当代随一の金融ジャーナリストである須田氏とともに、銀行のあるべき姿を探ります。『サービスの天才たち』(野地秩嘉著)は、まさに「平凡なれど非凡」と呼ぶべきサービス業のプロたちの人生を描いたノンフィクションの佳品です。そして、『日本史快刀乱麻』(明石散人著)は日本史の定説に潜む真実を掘り起こし、『ディズニーの魔法』(有馬哲夫著)は、ディズニー映画がいかにして「新しい童話」を創り出してきたか、その独特の手法を明らかにします。いずれも私たちが日ごろ接している「身近な事柄」の奥底にある「意外な真実」に迫った力作です。
 また今月は新刊5点の刊行と合わせて、既刊の中から15点を選び、全20点で「新潮新書ベストセレクション」フェアを実施いたします。今月刊までの44点はいずれも自信作揃いですが、その中から特に20冊を選びました。読み逃された本などがございましたら、この機会にぜひ手にとってくださいませ。

2003/11