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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

オビをめぐる冒険

 エーリヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」が映画化され、東京では公開が始まりました。私も小学生の息子たちと観に行きたいと思っているのですが、どうやら彼らはまだ原作を読んでいないようです。あの名作を読まずに小学生時代を過ごすなんて……。まあ、映画はどうせビデオになるだろうから、とにかくその前に原作を読ませなきゃと、この週末、近所の書店に買いに走りました。
 あれは確か高橋健二訳が偕成社文庫に入っていたはず。私たちが子供の頃に学校の図書室にあった『ケストナー少年文学全集』や、岩波のハードカバーはたぶん置いてないだろう。でも偕成社文庫なら、と思って児童書のコーナーを探したのですが、これがなかなかないんですね。自転車で行ける四軒の書店を回ってみても全てダメ。ああ、ここに今すぐどうしても買いたいという読者がいるのに……。一軒のお店では「映画に合わせて注文してるんですけど、来ないんですよねえ」との返事。思わず「新潮新書は大丈夫だろうか。同じような思いをしているお客さんや書店さんがきっといるに違いない。本の流通というのは難しいなあ」と我が身を振り返ってしまいました。
 結局、新宿に行く用事のついでに、大型店で入手したのですが、驚いたのはカバーに映画の写真が使われていたことです。もともと偕成社文庫は岩波少年文庫と同様にカバーが付いていなかったのですが、いつの頃からかどちらもカバーが巻かれるようになりました。でも、私の記憶に間違いがなければ、どの作品もイラストを使っていたはずなのです。おまけにオビには「映画原作」の文字。こんな誰でも知っている作品まで、映画の方が主役になってしまうとは……。
 学生時代だったら、映画化に合わせたカバーやオビがかかっていると、それだけでウンザリして手に取りませんでした。でも、今の私は違うんですね。なんとか手に取って読んでもらおうという同業者の気持ちがわかりますから、「みんな苦労しているんだな」と、その工夫や努力の方に目がいってしまう。この本についても、「公開に合わせてカバーもオビも変えたとすると、相当早い段階から準備していたんだな」と、むしろ敬意を表しながらレジに持っていったのでした。

 たいていの新書の場合、カバーのデザインは同じですから、編集者が工夫を凝らすのはオビということになります。新潮新書も創刊以来、オビには力を入れて来ました。担当者が知恵を絞り、さらにそれを編集部員や営業部員が客観的な目で見ながら、装幀室と一緒になって練り上げていきます。コピーにせよ、デザインにせよ、我々の努力の結晶なのです。
 だからつい、他社の新書を見る時にもオビに目がいってしまいます。最近、これはやられた!と思ったのは、中公新書の『ケータイを持ったサル』ですね。「日本人は退化している!?」というコピーの下に、ルーズソックスを履いてケータイを持った女子高生のイラストが載っている。ちょっと中を見てみようか、という気になります。一昔前に比べて中公新書のオビはずいぶん変わりましたね。
 中公といえば、私は中公文庫「BIBLIO」のファンなのですが、このオビもなかなかよくて、一度などオビのコピーに“騙されて”買ってしまったことがあります。「20世紀」シリーズの一冊、『科学・思想』という本で、オビに「世界の根源は震える一本のひもなのか」というコピーがどーんと書いてあったんです。「これは超ひも理論かな。なんか凄いことが書いてありそうだ」と思って、つい買ってしまったのですが、読んでみるとどこかで読んだことがある話が出てくる。よくよくひっくり返してみると、もともとは読売新聞社から単行本で出ていて、私はそれを読んでいたのです。
 このときはまさに「やられた!」と思いましたが、もちろん悪いのは中を確認しないで買った私。でも不思議と腹も立たず、むしろ装幀のかっこよさとオビの力に感心してしまいました。
 まあ、こんな経験や見方は職業柄という面もあるかもしれませんが、オビには担当編集者のいろんな思いが詰まっているのです。新潮新書を書店でごらんになった際は、あの限られたスペースに込められた私たちのメッセージを汲み取っていただければと思います。

 12月刊は年末進行のため、発売日が17日に繰り上がります。まもなく4点の新刊が店頭に並びますが、今回は初めてオビにカラー写真を使ったものが登場します。
 山本益博氏による『至福のすし―「すきやばし次郎」の職人芸術―』です。あの山本氏が「これぞ江戸前の極み」と評価する「すきやばし次郎」の主人、小野二郎氏の職人技に迫った作品ですが、その鮨の一つをオビに載せてみたのです。これが、ほんとに美味しそうで……。一読されると、鮨の世界の奥深さがわかり、必ず鮨が食べたくなります。忘年会、新年会の季節にお薦めの一冊です。
 そして、忘年会、新年会といえば、やっぱりお酒。『酒乱になる人、ならない人』(眞先敏弘著)は、アルコール依存症研究の第一人者が、最先端の脳科学や遺伝子研究の成果をふまえて、「酒乱」「下戸」「アルコール依存症」の謎に迫ります。わかりやすい「お酒と身体の科学」の本です。身に覚えのある方はぜご一読を。また、『翼のある言葉』(紀田順一郎著)は、稀代の読書家が長年にわたって書き留めてきた、古今東西の名著の中の知られざる名言集です。胸を打つ言葉、勇気をくれる言葉の詰まったこの本は、クリスマスプレゼントにもぴったりではないでしょうか。
 今月は、新潮新書初の翻訳書も登場します。この10月までマレーシアの首相を務め、親日家として知られるマハティール・モハマド氏による『立ち上がれ日本人』です。こんなご時世だからこそ、日本人よ、勇気と自信を持って行動して欲しい――アジアの哲人宰相からの叱咤激励のメッセージをじっくりと味わっていただきたいと思います。

 創刊から8カ月。新潮新書は48冊を数えるに至りました。『バカの壁』のヒットのおかげもあって、累計では330万部に達しています。こんなに多くの方に読んでいただけたかと思うと、編集者冥利に尽きます。
 当初このメルマガでは宣伝めいたことはあまり書くまい、と思っていたのですが、やっぱり自分たちの送り出した作品のことをつい言いたくなるんですね。どうかご容赦の上、大目に見ていただければと存じます。
 創刊したての新参者にもかかわらず、この8カ月、新潮新書、並びにメルマガをご愛読いただき、ありがとうございました。来年もさらにパワーアップしていきたいと思っています。来年もご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
 皆様、よいお年を!

2003/12