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今月の1冊


 言葉数を多くすることで、暗がりから徐々に現れてくる詩がある。言葉数を少なくすることで、暗がりのなかで蛍火のように点滅する詩もあるかもしれない。(中略)
 今の夥しい言葉の氾濫に対して、小さくてもいいから詩の杭を打ちたいという気持ちがあった。(『虚空へ』あとがきより)

 2024年11月13日、詩人・谷川俊太郎さん、逝去。
 19歳のデビューから70余年もの間、私たちとともに在りつづけた詩人の、あまりにも大きな死でした。
 あれから1年、最新文庫『虚空へ』が発売となりました。本作は、谷川俊太郎さんが私たちに残してくれた、生前最後の詩集の文庫化となります。誰よりも巧みに言葉をあやつりながら、同時に疑いつづけた谷川さんが、最晩年に渾身の願いを込めて編んだ十四行詩・88篇。
 そんな記念碑的詩集の文庫化にあたり、歌人・俵万智さんが解説を寄せてくれました。俵さんは、はじめて谷川さんとお会いしたときに「あなたは現代詩の敵です」と言われたそうです。短歌という五音七音に身をゆだねていることへの批判だと受け止めていたそうですが、それが違った意味を持つ可能性に、谷川さんの没後、俵さんは気づきます。
 真意を確かめる術はもうないけれど──言葉とは、定義とは、ここまでに難しく愛おしい。詩と短歌、それぞれに日本語を愛し愛されたふたりのすてきな関係性が垣間見える貴重な解説も、あわせてお楽しみください。

 最後に、本書『虚空へ』のなかから一篇を紹介します。

(気配が)
 気配が/ある/姿なく/いる気配/
 夢ではない/すぐ傍に/いる/
 歓びが/思い出す/哀しみ
 時を/まとった/懐かしいひとの/気配
 
 その、懐かしいひとは、いまも私たちのとなりに──。谷川さんが遺したことばのおくりものを、新潮文庫よりお届けいたします。

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2025年11月15日   今月の1冊


 本書は、文学の教養がまったくない人間が、数年にわたって月に一回、自分がどうも文学らしいと思っている本を読んだ感想の記録だと考えていただけるとありがたいです。文学に詳しい方からしたら、何も知らない人間がバカみたいに好きなことを書いていて本当に腹立たしいのではないかと心配しています。

 本書の「あとがき」の冒頭にはこのようにあります。
 雑誌「本の時間」「波」、ウェブ媒体「考える人」の連載をまとめた本書は、『華麗なるギャツビー』『ペスト』『一九八四年』『赤と黒』『カラマーゾフの兄弟』など、著名な世界文学92作を津村さんが読み、紹介したものです。
 そういった意味では上の「あとがき」の文章の一文目は正しいのですが、二文目はおそらく津村さんの杞憂に終わることと思います。文学に詳しい方でも本書を読んで腹立たしくなるどころか、楽しく、愉快な気持ちになることをお約束します。

 世界文学、海外文学というと、難しい、堅苦しい、読むのに苦労する、などのイメージもあるかもしれませんが、津村さんは古今東西の名作の魅力を、まるで親しい友だちに語りかけるように、気軽でユーモアたっぷりな、ふだん使いの言葉で綴ってくれます。例えばこんな調子です。

 ギャツビーて誰? と中学生の頃、「角川文庫の名作100」みたいな冊子を読みながら思っていた。そして、ギャツビーは男性用スキンケア用品の商品名になってますます「誰?」感を増し、さらに、なんだかもうあるまじきことみたいですごく申し訳ないのだが、その状態のままわたしは小説家になり、ある仕事で頂戴した、英語圏の各有名どころが作った「名作必読リスト100」みたいなので、ギャツビーが大人気であることに更に落ち着きをなくし、ついに、この目で確かめなければ、という地点に達したのだった。遅い。すみません。だって華麗とか言われたら、自然と自分には関係ないなと思ってしまうじゃないですか。
(「ギャツビーは華麗か我々か?」──『華麗なるギャツビー』
「ギャツビー」と聞くとフィツジェラルドよりもまず男性用化粧品のCMを思い出してしまう人は、私だけではなかったのだ! と嬉しくなってしまいます。ほかにも、

「脂肪の塊」から連想されることがすき焼きの牛脂程度であったわたしには、「脂肪の塊」はどうにも読むべきものとは思えなかった。すき焼きの話であるにせよ、言い方になんだか険があったのだ。
(「『脂肪の塊』は気のいい人なのに」──『脂肪の塊・テリエ館』
 最初は、おもしろそう、と軽い気持ちで話しかけたおっさんが、思った以上に絡んできてしまってやばい帰りたいとなるけれども、かなりの高確率で的を射たことを言うので、帰るに帰れない。
(「ビアス氏とくそのような世界」──『新編 悪魔の辞典』
 いいから、もういいからトニオ! 水でも飲んでしばらくぼんやりしていて! タイトルを言ってくれたら好きなアニメの配信とか探すから!
(「十四歳の魂は百までも」──『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』
 など、思わず笑ってしまうような箇所がたくさんあります。
 けれど面白可笑しいだけではなく、津村さんが作品を通じて味わった感動や発見、洞察などについても存分に書かれています。思いきり笑ったあとに、しみじみと感じ入る、そんな紹介が92編も! 本当に贅沢で、豊かな文学案内となっています。

『カラマーゾフの兄弟』や『ボヴァリー夫人』など、タイトルは知っているし、読んでみたい気もする、けれどハードルが高いな......と感じていた名作を、実際に読んでみようと思わせてくれる一冊です。「いつか読もう」を「いま読みたい」に。津村さんのガイドで、世界文学に足を踏み入れてみませんか。

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2025年11月15日   今月の1冊


 1999年の秋に初刊行、手帳や日記として使用できる「白い文庫本」の先駆けとなった『マイブック』。本作、一年間の日付と曜日が入っているだけで中はほとんど真っ白。日々の記録、旅の思い出、ペットの写真、レシピ集、ふとした日常の気づき......。空白の使い方はあなたの自由。どんなものでもOKです。

 一年かけてゆっくりと書き込み完成させれば、愛着も喜びもひとしおの特別な一冊になります。未完なら未完で、それもまたよし(「未完の大作」という言葉もありますし......)。毎年完成させ、著作がどんどん増えていくと、本棚での存在感も増してゆきます。来年からあなたも『マイブック』の「著者」になってみませんか?

 25周年目を迎えた2025年版は、Z世代を中心とした「日記界隈」の熱い支持も追い風となり、21年ぶりの12万部突破を果たしました! 今年もまだ10月にもかかわらず、書店店頭で多くのお客様に手に取っていただき重版も決定。年末になると在庫は少なくなります! 気になっている方はぜひお早めにお買い求めください!

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2025年10月15日   今月の1冊


 直木賞と山本周五郎賞をW受賞した本書が、ついに文庫化されました。発売直後から各書店の売れ行きが落ちることなく、早くも増刷決定です。多くの読者が文庫になることを待ち望んでいた証だと思います。
 すでに歌舞伎としても舞台化されたこの小説は、このたび映画化も決定しました。キャストは、柄本佑さんと渡辺謙さん。監督・脚本は源孝志さんというこの上ない布陣で、劇場公開は2026年2月27日。作品を読んだ方は、否が応でも胸が高鳴るのではないでしょうか。

『木挽町のあだ討ち』がなぜここまでの広がりを見せているのでしょうか。
 時代小説というと、「とっつきにくい」イメージがあるにもかかわらず、世代を超えて幅広い読者を虜にしている大きな理由は──。いくつも理由があると思いますが、大きな理由の一つは、時代小説なのに、巧妙な仕掛けと謎解きが用意されているからだと思います。要するに、時代小説とミステリーの融合。それによって、双方のジャンル枠を超越した作品になっているのです。

 ネタバレにならないように、少しだけ物語を紹介しましょう。
 ある雪の夜、木挽町の芝居小屋の裏手で、菊之助なる若衆が見事な仇討を果たします。白装束を血に染めて掲げたのは父の仇、作兵衛の首級しるし。その二年後。ある武士が現れ、目撃者を訪ね歩きます。元幇間、立師、衣装部屋の女形......。皆、世の中では生きづらく居場所を失い、悪所に救われた者ばかり。「立派な仇討」と語られるあの夜の〈真実〉とは何だったのか。驚きの仕掛けが、最後に感動を呼ぶまぎれもない傑作です。

 もちろん、仕掛けの面白さだけでなく、登場人物の言葉に感情移入して読めるのも魅力の一つです。みな生きるのが不器用で、自分の居場所を失った人たちが、「芝居」というフィクションに救われていきます。この作品が清々しい感動をもたらすのは、小説の言葉が、読む人たちの琴線に触れるからではないかと、思わずにはいられないのです。

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2025年10月15日   今月の1冊


『死刑にいたる病』『鵜頭川村事件』『殺人依存症』といった、社会病理、犯罪心理を巧みに描き、手に汗握るサスペンスを数多く発表しつづける櫛木理宇氏。書き下ろしの最新刊文庫は、人口の流動性の低い田舎町で起きた昭和末期の誘拐事件から始まります。
 美しく利発な少女・サチはある日男に誘拐され、そこから11年間監禁されてしまう。ようやく生還出来た彼女を待ち受けていたのは、旧弊な価値観のまま変化のない住人達による嫌がらせや、無理解だった。疲弊しきる彼女の元に「この骨がホンモノ」だと白骨死体が送りつけられる──。
 この死体は誰のものなのか。犯人は。悪意の連鎖の根幹には何があるのか......。一度読み始めたら、結末を知るまでは本のページを閉じられない、衝撃の読書体験が待ち受ける。画家・諏訪敦氏の美しく印象的なカバー裝画にも注目です。

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2025年09月15日   今月の1冊