『青い壺』『悪女について』『恍惚の人』『非色』『華岡青洲の妻』......数々の話題作を遺した有吉佐和子が20代後半から30代前半で発表した珠玉の名作たちを、新潮社より新装復刊しました。
初めて読んだ有吉佐和子作品がどれだったか、覚えていますか?
『悪女について』『華岡青洲の妻』......生前に発表された作品は映像化されたものがたくさんあるので、先に映画やドラマから触れた人も多いかもしれません。社会現象にもなった『恍惚の人』の大ヒットによって、新潮社の本館の向かいに別館ビルが建てられ、「恍惚ビル」の別名がついたという逸話もあります。
数々の話題作を残した著者は、実は53歳という若さでこの世を去りました。圧倒的筆力は、若い頃からエンジン全開。本書『役者廃業・三婆』に収録された作品たちはどれも、いまならアラサーと呼ばれる年齢で執筆されたものです。端正な工芸細工のような日本語、比類のないストーリーテリング、作品を深く掘り下げるジャーナリスティックな視点。いま読んでも「新鮮」な傑作ばかりです。
今作の帯には、収録作「亀遊の死」を舞台化した際の名演が評判となった坂東玉三郎さんから推薦のコメントをいただいています。
毎日有吉先生の台詞をしゃべっていると、
有吉さんが私の側で語りかけているような気がします。
愛と哀歓で世の中と人間の全てを洞察している先生の視線。
見えてしまえばこそ、さぞ辛かったであろうと思いながらも、
私は先生の作品が大好きなのです。
『青い壺』で初めて有吉佐和子を知った、という若い読者のみなさんにも、ぜひ手に取っていただきたい貴重な短篇集となっています。舞台「三婆」で、長年タキ役を好演してきた渡辺えり氏による新解説も必読です。
「芦花公園」という作家をご存じでしょうか。
正体も性別も不明のまま2021年にデビューするやいなや、令和のホラー界を騒がす鬼才として次々と新作を発表。静かな筆致で人間の奥底を抉る作風は、いま最も注目すべき新世代ホラーと言えるでしょう。
芦花公園さんの作品には、読者の記憶に強く残る人物が数多く登場しますが、本作『食べると死ぬ花』に現れる久根ニコライもまた、そのひとりです。
最愛の息子を喪った母親。義母のいじめに耐える妻。取り返しのつかない罪を犯した男。
そんな絶望を抱く人々の前に、ニコライはふいに姿を現します。そして不思議な品物を差し出し、ひとつの「救い」を与えるのです。それらを使えば、運命を変え、願いを叶え、喪ったものを取り戻すことができる、と──。
本書は、ある家族をめぐる連作ホラーミステリなのですが、一話ごとに独立して楽しめる物語でありながら、読み進めるうちに奇妙な違和感が積み重なります。そして最後に、散りばめられていた謎がひとつに結びついた瞬間、それまで見えていた世界がまったく違う姿を現します。
それは奇蹟なのか、それとも呪いか。
更に、今回の文庫化に際し、60ページを超える最終章「診断の鍵」を書き下ろし収録いたしました。単行本刊行時から作品世界に惹かれていた読者の方はもちろん、芦花公園作品を初めて読む方にもおすすめしたい一冊です。
すべての謎が繋がるとき、あなたの前に久根ニコライは姿を現す。人間の欲望を抉り出す、極上のホラーミステリを、どうぞご堪能ください。
「この街には欲望を満たすものが全て揃っている」これは著者の本橋信宏さんが本文の中で、そして担当編集者と歌舞伎町を巡っているときにも発した言葉です。「全て」という言葉に誇張を感じるかもしれませんが、その疑念は本作を読むうちに払拭されます。それほどまでに魅惑的でカオスで常識外の出来事が日常茶飯事で起こる街なのです。
本作は歌舞伎町という場所の成り立ちから、現在のトレンドまで、歴史を押さえながら、街を揺るがした大きな事件や深い闇に迫っていきます。44人もの死者を出した〈歌舞伎町ビル火災〉や未解決の〈歌舞伎町ディスコ殺人事件〉の裏側、抜け出せない違法カジノの実態、悪の代名詞となった「ぼったくりバー」の帝王の正体、かつて運び屋として捕まり、現在は暴力団に昼間店を貸しているスナックのママ、胸に代紋を入れた十代の少年ヤクザのその後、日本最大のホストクラブ密集地帯でしのぎを削るホストの本音、ヒットマンとして潜伏した現役ヤクザの生活、喧嘩に明け暮れた元ホストの人生、密売された無修正裏DVDの秘密、客が吸い寄せられる美しいキャバクラ嬢のリアル......。簡単には知ることのできないアンダーグラウンドの世界を全て知ることが出来る一冊になりました。
また新潮文庫では同じ「アンダーグラウンド」シリーズである『上野アンダーグラウンド』を刊行中です。動物園や美術館などの文化的で華やかなイメージとは裏腹に、その数百メートル先にはカオスで魔境ともいえるべき土地が眠っていました。こちらもぜひ合わせてお楽しみください。
「『東京都同情塔』には、全体の5%ぐらい、生成AIの文章を使っている」
2024年1月、芥川賞選考会後の記者会見での著者の発言は、日本のみならず、世界でも大きな話題を呼びました。
──日本で最も権威ある文学賞のひとつ芥川賞が、AIの使用を認めた。
そんな、どちらかと言えば否定的な驚きとともに刊行された本作は、しかし、AIへの敗北を認めたものでは決してありません。むしろ生成AI時代の「つくること」のあり方を鋭く問うた小説として、人間の描くあらたな物語の時代の到来を予期させるものでした。
実際、その後『東京都同情塔』は世界16ヶ国での翻訳が決定。イギリスのFinancial Times 「Best Books of 2025」に選出、アメリカの The Paris Review 「Our Favorite Books of 2025」で紹介されるなど、当初の否定的な声を見事に覆し、絶賛の声を浴びています。"Rie Qudan"は、いま世界でもっとも注目される日本人作家のひとりと言えるでしょう。
本作には、あり得たかも知れない「もうひとつの東京」が登場します。ザハ・ハディドがデザインした新国立競技場が建設されているifの未来。物語は、主人公の建築家・牧野沙羅が、〈同情されるべき人々〉【ホモ・ミゼラビリス】の暮らす新時代の刑務所・シンパシータワートーキョーのコンペに参加するところから始まります。そして空虚な言葉と正義が支配する東京に沙羅のデザインしたタワーがそびえ立つとき、建築が、言葉が、現実をデザインしていることに私たちは気づくのです。
今回、文庫化に際し「ユリイカ」(青土社)掲載の短篇「Planet Her あるいは最古のフィメールラッパー」を特別収録いたしました。加えて、ふたりの建築家──永山祐子さんとの対談、青木淳さんによる解説も掲載。現実の建築家と架空の建築家が響き合う、作品をより立体的に楽しめる一冊となっています。
作家・九段理江の建築した『東京都同情塔』の世界を、ぜひ存分にお楽しみください。
『このホラーがすごい! 2024年版』(宝島社)国内編の第1位を獲得した、小田雅久仁さんの『禍』が文庫になりました。目、耳、鼻、口など、身体のパーツをモチーフにした7つの短編が収録されています。怪奇小説の新しい領域に踏み込んだ傑作です。
小田雅久仁さんは2009年、『増大派に告ぐ』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。2013年、『本にだって雄と雌があります』でTwitter文学賞国内編第1位に輝きました。2022年に『残月記』で吉川英治文学新人賞、翌年に日本SF大賞を受賞。『禍』はそれらに続く4冊目の単著となり、2024年『このホラーがすごい! 2024年版』国内編で第1位を獲得しました(同点1位は背筋さんの『近畿地方のある場所について』)。寡作ながらすべてが傑作で、どれもが高い評価を得ています。文庫版の巻末に収録されている大森望さんの解説も、以下のように始まります。
まったく、寡作にもほどがある。
たいていの小田雅久仁ファンは、ためいきと一緒にそうつぶやいているのではないか。日本ファンタジーノベル大賞を受賞したデビュー作『増大派に告ぐ』の刊行は二〇〇九年十一月。それから十六年以上も経つというのに、単著の数はわずかに四冊。いくらなんでも少なすぎる。現役の日本人作家でトップレベルのヴィジョナリーであり、圧倒的な文章力を誇るファンタジストである以上、その才能をもうちょっと世間に知らしめる努力をしてもバチは当たらないんじゃないか。
......と愚痴を言いたくなるほど本が出ないにもかかわらず、小田雅久仁の名が忘れられることなくいまも熱心に読まれつづけ、新刊が出るたびになんらかの賞に輝いていることを思うと、日本の出版界もまだまだ捨てたもんじゃないと言うべきかもしれない。(『禍』解説より)
『禍』は、1編ごとに異なる身体のパーツをモチーフにした怪奇小説集です。
「食書」では口、「耳もぐり」では耳、「喪色記」では目、「柔らかなところへ帰る」では肉(贅肉)、「農場」では鼻、「髪禍」では髪の毛、「裸婦と裸夫」では肌。人体の部位から驚くような奇想が生み出され、まだ見ぬ世界へと読者をいざないます。
怖く、恐ろしいのはもちろんのこと、人生を踏み外し、どこにも行き場がなくなってしまった人物が、新しい世界へと旅立っていく、それは身震いするような恐怖であると同時に、恍惚でもある。恐るべき奥行きを備えています。小田さんが見い出し、そして完璧な形で描き出した、怪奇小説の未踏領域に、ぜひご来臨ください。

































