新潮文庫メールマガジン アーカイブス
今月の1冊


 組織のなかで中堅クラスになると、社内の確執や組織の膿、人事の綾が見えてくることが少なくありません。事なかれ主義や、自己保身がはびこる有様を目にして、落胆や絶望する会社員もいるでしょう。そんなとき頭をよぎるのが、「この会社ではやっていられない」「辞めるなら今か」という想いではないでしょうか。
 会社員なら一度は考えたことがある「辞表」の二文字......。経済小説の第一人者である著者は、普通の会社員の苦悩に焦点をあてた小説を、数多く発表してきました。本書に収められた作品はどれも、組織と個人の間で、人生の選択に悩む等身大の姿を描きだしています。
「エリートの脱藩」では、会社の将来性にきっぱりと見切りをつけ、自分の道を選択する男を描いています。自分の意思で決断した退職が、いかに力強いか、迷い多き会社員を励ましてくれる短編です。「社長の遺志」は、病魔に倒れた社長の後継人事に奔走する男の意外な秘策がストーリー。鮮やかすぎる進退が見事です。
 人員解雇に忙殺される人事部長。そんな皮肉な立場に置かれたら......辛い立場でも清々しい読み味なのが「人事部長の進退」。裏腹に、同期への友情と人事の間で苦悩する「エリートの反乱」は、身につまされる読み応えです。他に暴君社長の劇的な退任「社長、解任さる」を含め、勝ち敗けを超えた人生の瞬間を描きだす名作ぞろいです。

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2021年12月15日   今月の1冊

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 累計940万部突破の大ヒットシリーズ「しゃばけ」。今年は記念すべき20周年の年にあたります。
 メモリアルイヤーのフィナーレとして、『えどさがし』以来7年ぶり、待望の外伝、『またあおう』が文庫オリジナルで刊行されました。
 収録される豪華5話は......
 書き下ろし作品「長崎屋あれこれ」は、若だんなが長崎屋の妖たちを紹介しようとして騒動が起きる楽しいお話。しゃばけビギナーにうってつけの作品です。
「はじめての使い」は、長崎屋へのお使いを頼まれた若い猫又、とら次とくま蔵の物語。猫又たちの頑張りと旅情が楽しめます。
「またあおう」は、屏風のぞき金次たちが『桃太郎』の世界に飛び込んでしまうお話。鬼のかわりに退治されそうになり大ピンチ!?
「一つ足りない」は、とっても格好いい九州の河童の王、九千坊が主人公。東の河童の大親分、禰々子姉さんも大活躍しますよ!
「かたみわけ」は、なんと若だんなが長崎屋を継いでからのお話。妖退治の高僧、寛朝さんがこの世を去り(!?)、その遺品をめぐって波乱が起きます。
 しゃばけ初心者からマニアまでが大満足の外伝です。

 そして20周年の今年は、特別にもう1冊の新刊が登場します。それが『しゃばけごはん』です!
 兄やたちが給仕してくれる日々のごはん、妖たちとの宴会、そしてお花見や料理屋での特別なご馳走......しゃばけにはおいしそうな場面がたくさん。そんな料理場面のなかから33品を選び、簡単でおいしく再現できるレシピをご紹介しています。
 料理を担当してくれたのは『100文字レシピ』などで知られる料理家の川津幸子さんなので、その味は間違いなし!
 若だんなの大好きな卵焼きに、葱鮪鍋、やなり稲荷にお花見弁当、栄吉の辛あられなどなど、しゃばけの味をおうちで楽しめる料理本です。
 この2冊があれば、今年の年末年始は、しゃばけ色になること間違いなし!


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2021年12月15日   今月の1冊


 日本を代表する料理研究家・土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』は、2016年の刊行直後から大きな話題を呼び、「一汁一菜」ムーブメントの火付け役となりました。シンプルでいて絶大なインパクトのあるカバーが印象に残っている方も多いのではないでしょうか。(このカバーの制作秘話が記されたあとがき「きれいに生きる日本人――結びに代えて」も必読です!)

――日常の食事は、ご飯と具だくさんの味噌汁で充分。あれば漬物を添えましょう。
 土井さんのこの提言は、日々の料理を担う多くの人の心を楽にしてくれました。
 毎食、一汁三菜の食事を作るべき、肉か魚のメインと野菜の副菜を用意するべき、毎日違ったメニューを考えるべき......。そんな「思い込み」に囚われ、献立作りや買い物や、調理が苦痛になってしまう。ちゃんとできない自分に落ち込んで、憂鬱な気持ちになる。

 そのような方にこそ、本書を読んでいただけたらと思います(かくいう私も、そんな「べき」に縛られていた一人です)。「一汁一菜」の具体的な実践法を紹介しつつ、食文化の変遷、日本人の心についても考察します。日常の食事は、「とびきりおいしい」ものである必要はなく、「普通においしい」くらいでいいのだという指摘に、深く納得し、救われたような気持ちになりました。文庫化に際して、コロナにも言及した文庫版あとがき(「一汁一菜の未来――文庫化にあたって」)も新たに収録。土井家のリアルな食卓のカラー写真も満載です!

 本書を片手に「一汁一菜」という生き方を始めてみませんか?
 健康的で心地よい、持続可能な暮らしの一助になることと思います。

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2021年11月15日   今月の1冊


 アート小説の第一人者、原田マハさんによる珠玉の短編集『常設展示室―Permanent Collection―』が文庫化しました。実在する6点の絵画が、家族関係や恋愛など、人生に悩む人々の背中をそっと押す、優しい瞬間を描いた6編です。

 本作をきっかけに美術館巡りが趣味になったという女優の上白石萌音さんが、文庫化にあたり解説を寄せてくださいました。何度読んでも涙してしまう、作品の魅力をお伝えします。

 また、本作に登場する6枚の名画、ピカソフェルメール、ラファエロ、ゴッホマティス東山魁夷の絵に、物語から引用した一説を添えた2022年版の特製カレンダーも販売中です。小説を読む前と後ではぐっと見え方が変わってくる絵画たち、あなたのとっておきの一枚を見つけてください。

芸術新潮Presents原田マハ 『常設展示室』カレンダー2022

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2021年11月15日   今月の1冊


 2005年に発表されるやいなや、たちまち話題を呼び、文庫版もロングセラーとなっている、松岡圭祐さんの『ミッキーマウスの憂鬱』。日本人なら知らぬ者のないエンターテインメント施設の裏方を主役にすえた、画期的な青春小説です。

 今作の主人公、永江環奈も同じく裏方。東京ディズニーランドでカストーディアルキャスト(清掃のアルバイト)をしています。大好きな施設で働けてはいるものの、家族からの理解が得られず、繰り返される毎日にちょっと疲れてしまった。そんなある日、自分にもテーマパークの顔として内外で活躍するアンバサダーになれる資格があることを知り、永江環奈は挑戦を決意します。無謀、不可能と言われながらも、周囲の応援を背に受け、夢に向かって一歩ずつ前進してゆく環奈。しかし迎えた選考会当日はあいにくの雨、さらに園内でゲスト(入園者)をめぐる大騒動が発生してしまい、彼女もそれに巻き込まれてしまいます。

 待ち望まれていた『ミッキーマウスの憂鬱』の続編が16年後に文庫書き下ろしで登場。痛快爽快なお仕事小説でありながら、恋あり、謎解きありと、名手の才が存分に発揮されています。青春のただ中にいる方にも、それを懐かしく想う方にも、自信をもってオススメできる、エンターテインメント長編です!

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2021年10月15日   今月の1冊