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今月の1冊


 本作『擬傷の鳥はつかまらない』で新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。2作目『ループ・オブ・ザ・コード』(2022/新潮社)で山本周五郎賞候補、3作目『不夜島』(2023/祥伝社)で日本推理作家協会賞受賞、そして4作目『飽くなき地景』(2024/KADOKAWA)が直木賞候補ノミネート、そして吉川英治文学賞新人賞を受賞しました。刊行した全ての作品が何かの文学賞にノミネート、もしくは受賞しており、荻堂顕は今最も注目されている作家と言えます。

 今回はそんな荻堂さんのデビュー作『擬傷の鳥はつかまらない』が文庫化されました。本作の主人公は、訳ありの依頼者の身分を偽装し、別人としての人生を与える「嘘の仕立て屋」を生業とするサチ。ある日、そんな彼女のもとを訪れてきた大金を持った二人組の少女。条件で折り合いがつかずその日は帰っていきましたが、その数日後、片方の少女が謎の死を遂げます。残された少女を守るべく、事件の鍵を握る男を探し始めるサチは、嘘と裏切りにまみれたあまりにも切実な真相にたどり着きます。果たして彼女が見つけたものとは。文章もストーリーもキャラクターも全てが規格外。ミステリ界を牽引する若き鬼才の、衝撃のデビュー作をこの機会に是非。

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2025年04月15日   今月の1冊


 デビュー作にして読売文学賞を受賞した松家仁之さんの『火山のふもとで』(新潮社)が新潮文庫化されました。単行本刊行は2012年のため、13年の時を経ての待望の刊行です。
 本作の舞台は浅間山のふもとにある青栗村の村井設計事務所「夏の家」。美しく居心地のいい建築を手がける老建築家の「先生」のもと、若き建築家である主人公「ぼく」の成長とひと夏のひそやかな恋が描かれています。
 今回の文庫化に当たって著者による「文庫版へのあとがき」を収録。自身の学生時代から28年間もの激動の編集者時代、そして51歳にして仕事を辞め、本作の一行目を書き始めるまでの軌跡が綴られています。自然も人間も流れる時間も、平凡な言葉でさえも全てが美しい傑作長編をこの機会に是非ご一読ください。
 本作刊行後も『沈むフランシス』を2月28日(金)、『光の犬』を3月28日(金)に発売。3ヶ月連続の文庫新刊の刊行となります。
『沈むフランシス』は北海道の小さな村で出会った男女の雪の結晶のような儚いふれあいと深まりゆく愛を描いた傑作です。解説は役者の山田真歩さん。さまざまな役を演じてきた視点から自分自身を登場人物に投影し、素晴らしい解説をご執筆いただきました。
『光の犬』は北の町に根づいた一族三代と北海道犬、人生の意味を問う百年にわたる家族の物語です。解説は江國香織さん。個人、家族、家という枠組み、自然との共生にそれぞれ焦点を当て、ポイントとなる箇所を引用しながら本作の魅力を丁寧に解説してくださいました。こちらも合わせてお楽しみください。

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2025年02月15日   今月の1冊


 事件を起こした子どもたちを調査し、その問題の原因を探るのが「家裁調査官」。心理描写の名手である乃南アサさんの新シリーズは、この家裁調査官を主人公とした物語です。
 2014年から東京家庭裁判所の家裁委員会の委員を務めた乃南さんは、委員としての活動を通し、家裁調査官の存在の貴重さを感じるようになったといいます。そして「裁判所という普通は行きたいとは思わない場所に、とても人間臭く働いている、実に『人間らしい』人たちがいることを知って欲しいという思い」が、本作を書くきっかけになったそうです。
 取材だけで2年以上、構想から執筆までは7年もの時間をかけたという渾身の物語。作中では、中学生の少年による自転車窃盗事件やバイク暴走事件、女子高校生によるJKビジネス、職人見習いの少年による傷害事件や、男子高校生による不同意わいせつ事件など、子どもたちがかかわるさまざまな事件が登場します。そして、主人公の庵原かのんがこれらの事件の原因を丹念に探っていくと、その背景に隠された思いもよらぬ真実が浮かび上がってきて――。ミステリーとしてはもちろん、お仕事小説、さらには令和の日本社会の縮図としてなど、多様な読み方、楽しみ方ができる作品となっています。
 本作の解説を執筆したのは、京都ノートルダム女子大学名誉教授で、自身も家裁調査官だった藤川洋子さん。藤川さんは「手練れの小説家にかかると、家庭裁判所調査官の仕事や仲間たちはこんなにも魅力的なんだ! 乃南アサ氏による『家裁調査官・庵原かのん』を読み終えて、感無量である」と書いています。
 発売即重版となり、大きな注目を集めている本作。この機会に、ぜひご一読ください。

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2025年02月15日   今月の1冊


『ぼく東綺譚』や『ふらんす物語』で知られる永井荷風の埋もれた名作「つゆのあとさき」が、ついに新潮文庫から刊行されました。

 本作は、大正ロマンの雰囲気が残る銀座で、カッフェー「ドンフワン」のトップを張る女給・君江と彼女に執着する男たちの駆け引きを描いた物語です。
 当時のカッフェーとは、接客のない純粋に珈琲や紅茶を楽しむ喫茶店「純喫茶」とはちがい、女給が客の隣に座って接待を施し、客は女給にチップを払うという、キャバクラ、ラウンジ、ガールズバー、コンカフェのような存在でした。お気に入りの女給目当てにカッフェーへ通う客も多く、中にはパトロンとなる人もいたようです。永井荷風自身も40代後半ごろから、このカッフェーに足繋く通うようになり、「つゆのあとさき」が誕生したといいます。
 超人気女給の君江に振り向いてほしい、自分だけを愛してほしいと願う男たちは、デートに連れ出したり、贈り物をしたりと、あの手この手を使って気を引こうとします。しかし、当の君江は物欲もなく、やきもちも焼かず、本心も明かさない、秘密にする必要がないようなことでも、深く聞かれるほど堅く口を閉じて何事も語らず笑顔でごまかすという、ミステリアスな女性でした。

 本作を社内で読んでもらったところ、意外にも20代や30代の女性社員から大きな反響があり、「魔性の女」「悪女小説の傑作」「私たちの君江」など主人公の君江に対する崇拝にも似たような言葉が次々と飛び出しました。
 本書には、「つゆのあとさき」の他に、荷風が女給の身の上話を聞き取った珍しい小品「カッフェー一夕話」、巻末には川端康成「永井荷風氏の『つゆのあとさき』」、谷崎潤一郎「『つゆのあとさき』を読む」も収録しています。今も昔も変わらない男女関係のもつれ、多くの文豪を唸らせた最高のヒロイン......。荷風作品を読んだことがない方にこそ、読んでほしい一作です!

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2025年01月15日   今月の1冊


 年明け早々の重版となり、話題となった新潮文庫刊・原田ひ香著『財布は踊る』。
 物価高、上がらない賃金など、「自分のお金をどう守るか」「どう増やしていくか」という問題はどんな人でもいまや無関係ではいられない話題となっているかと思います。
 けれど、そうはいっても、例えば「クレジットカードの利用明細を毎月確認しない」「どんなサブスクに入っているか忘れている」「電子マネーで何を買ったか覚えていない」等々、家計の実は危ないサインをなんとなく見逃してしまう人は多いのではないでしょうか。
 この小説の登場人物たちもまたそうです。
 原田さんの巧みなストーリーテリングの中で、彼らは皆お金にまつわる大きな失敗や挫折、どうしようもない苦しみを経験しますが、その最初の躓きは、本当に些細なことからだったのです。
 皆真剣に人生を生き、それなりの用心深さや考えがあってお金と向き合う人たちが、けれど様々な困難に直面していき、思いもよらぬ沼へとはまり込んでいく。
 そのリアリティには「はっ」とさせられたり、「ゾッ」とさせられたりすること間違いなしです。
 そうして登場人物達に共感したり、時には「こんなことしたらダメに決まってるのに」とハラハラさせられたりしながら読み終わると、「ところで今、私の財布の中にいくら入っているかな?」と気になってくることでしょう。
 小さくとも大きな「お金の貯まる人生」の一歩を、もっといえば、お金に苦しまない人生のためにはどうすればよいかを考えるきっかけになる、そんな希有な小説体験を是非。

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2025年01月15日   今月の1冊