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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第6回 キャパシティ

 雪が降りました。かなり大雪です。比較的雪が少ないといわれる石川県南端の加賀市ですが、それでも近年はさらに雪が降らなくなったと聞いておりますのに、1月中旬、2、3日続けて断続的に雪が降りました。もちろん積もっています。駐車場の車の車輪部分が半分以上隠れるほどですから、新雪に足を踏み入れると膝くらいまで埋もれてしまいます。やっと北陸の冬に出会えたという気分にはなりましたが、日常生活にはかなりの影響が出たようです。

 実際私も、4日間滞在した東京から翌日の午前中指定で宅配便を出しましたが、加賀の自宅に届いたのは翌々日の夕方でした。こんなことは初めてで、いつ到着するか分からない荷物を待って2日間というもの、近所への買い物にも出られず往生いたしました。野菜も高騰しておりますしね。まだまだこれからも、いろいろ影響が出てくるのでしょう。

 そしてこの寒波は、世界的な規模で猛威をふるっているそうで、2、3日前のTVでは、フロリダに雪が降り積もっている映像が映し出されていました。その寒波が東に移動して日本海側を覆ったあと、さらに南下しつつあると報道されています。奇怪な行動をとる今回の寒波は日本でも、南国のイメージが強い鹿児島に雪をもたらし、雪に慣れているはずの北陸でも、いつもはあまり降らない所が大雪になって、万全の対策がとれなかったと聞きました。その典型的な例が、1月11日(木)430人もの乗客を乗せた車両が積雪で、15時間も立ち往生したという信越線の出来事です。この間、乗客はお互いに譲り合い、気分の悪くなった人が数人出た以外は格別の混乱がなかったということで、日本人としては、その節度をうれしく思いました。

 北陸に来たのですから厳しい寒さや積雪は覚悟しておりますが、日本列島の今回の大寒波も、集中豪雨や猛暑、冷夏などと関連する異常気象の一つなのでしょうか? そしてそれらは深刻な地球温暖化に関係があるのでしょうか? 

 科学的な知識のない私には難しいことは分かりませんが、地球が誕生して現在のような平均気温15度という環境にまで成長する過程には、氷河期だの地球全体の平均気温が40度もあった時期だの、極端な寒暖の差があったのでしょう。当然気候の変動も想像のつかない激しさであったと思います。しかしそれは、地球の発達過程における必要な変遷であって現在問題になっているような、人間が排出する温室効果ガス(GHG)による地球温暖化とは違いますよね。

 地球上に出現した人類は、その進化の過程で、高い知能を駆使して自分たちに適した環境を作り上げてきました。確かに私たちは現在、冬寒くなく、夏暑くなく暮らすことを当たり前と思っています。人間の数も増えました。今まで誰も足を踏み入れたことのなかった原生林や高地や極地にも人間の知能は及び、際限なくどんどん地球を人間向きに仕立てて行きます。でも、地球の可能性だって無尽蔵じゃない。キャパシティがあるでしょう。地球の発達が一段落(いちだんらく)して、やがて人類が誕生し、当初は地球のほんの一部に、数えるほどしか生息していなかったものが、いつのまにか地球上の至る所を我が物顔に跋扈するようになって、遂には氷上に建物を建設し、食物を保存し、氷点下数十度でも暮らせるまでに地球本来の環境を改造して行きました。地球だってそろそろ支えきれなくなっているのではないでしょうか。

 地球だけではありません。人間は宇宙にも進出して数えきれないほどのロケットを飛ばし、期限切れになった部品は、私たちが「星」と呼んでいる宇宙の先住体の領域を飛び交うゴミと化しています。地球の温暖化も異常気象も起こるべくして起こった人災のような気がするのは間違いでしょうか? でも偉そうなことは言えませんね。私自身、人災の恩恵を受けて暮らしているのですから。薪か炭火くらいしか暖をとる方法のなかった昔の人は、偉かったなあとつくづく思う昨今です。

 東京では近年、真冬でも気温がマイナスを記録することはめったにありませんが、私が子供の頃-3℃なんてことがよくありました。水道の蛇口が凍り付きますし、江戸城外濠にも氷が張ります。確か昭和26年2月だったと思います。東京に大雪が降り、かなり積もったことがありました。その時、神楽坂では若者がスキーをしておりましたよ。同時期、同じ外濠の四谷と赤坂の間、喰違見附の日陰になる所では、氷が厚く張っていたのでしょう、スケートをしている人がいました。通学中の都電の窓越しに見た、地球のキャパシティなど、まったく考えもしなかった頃の光景です。

 東京暮らししか知らない私が今老いて、雪の塊に囲まれた我が家を見てもあまり悲観的にならないのは、敗戦直後、焼け跡から始めた生活の体験が生きているせいかもしれません。

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やっと出会えた北陸の冬。生活はたいへんですが......

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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