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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第75回 ワクチン

 かなり遅れをとっておりました新型コロナウイルス用ワクチンの接種が、我が日本でもこのところ急ピッチで行われるようになりました。

 当初は高齢者優先とされておりました接種の順番も6月に入りましてからは64歳以下にも対象者の幅が広がり、7月中旬現在、条件によっては10代でも受けられるようになりましたが、なぜか突然、ワクチンが不足してきたので接種予約を制限する、という正反対の発表に切り替わりました。とにかくお騒がせなウイルスであります。

 横浜に停泊していたクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号内から発せられた新型コロナウイルスの感染情報から、早くも1年半近い時間が過ぎておりますが、その感染状況の勢いに比べて対策は、どうみてもはかばかしくありません。特に日本の場合、オリンピックが枷になっているのでしょうか、医療関係においても社会的な動向への対策についても、かなり遅れをとっているような気がいたします。

 当初ワクチン接種については積極的に求める人よりも不安感をもつ人のほうが優勢でした。なにしろアッという間に世界制覇を果たしてしまった病原菌を、わざわざ自分の体の中に迎え入れようというのですから不安に駆られるのも無理はありませんが、しかし実際には、「まず、ファイザー社のものは」「mRNAという、タンパク質をつくる設計図になるようなものを注射して、筋肉内でタンパクをつくり、それによって抗原反応を起こすという方法」(YAHOOニュースより引用)をとっているそうです。それでも副反応など絶対にあり得ないとはいえないでしょうが、現在は専門家の、デメリットよりメリットの方が大きい、という説明で大方の了解は得られているのではないでしょうか。

 しかしながらワクチンについて予備知識のまるでない私は、すでにワクチン接種が進んでいたアメリカの病院に勤務している知人にワクチンの効果について問い合わせてみました。彼女曰く「私はすぐに接種したし、際立った副反応も出なかったが、周囲には副反応を恐れてまだ受けていない人もいる」と。

 まもなく日本でも、罹患すると重篤な症状が出やすいことを理由に後期高齢者から順次ワクチン接種が始まり、友人間の電話交流時の会話でも、「あなた、もうワクチンの接種お受けになった?」の一言が挨拶代わりになりました。その中には接種後2日間38度を超える発熱があったという80代の女性や、アナフィラキシーに陥ったという70代の男性がおりました。どちらも落ち着きのある常識人ですし格別の疾患もない人物で、現在は健康体に戻っているそうですが、まあ、人の性格がいろいろであるように体の反応もいろいろなのでございましょう。


 以前この「加賀便り」でもちらりと登場いたしました私の姉は、70歳になる前から『××ヴィラ』なる高齢者向けの比較的歴史の古い、いわゆるケア付きマンションに住んでおりまして、ここには看護師さんが常駐しておりますし、付属の病院も隣接しておりますので、いわば自宅で接種するような気楽な環境にあります。ですから接種後に生じるかもしれない倦怠感、更には発熱、食欲不振など、たとえあったとしても特段、心配ではございませんけれども、なにしろ「20歳まで生きられない」と言われたほど体が弱かったうえに現在は90歳という高齢でもございますので、一応どんな様子か電話で訊ねてみました。

 返事は「ぜ~んぜん痛くなかったわ。普通の皮下注射と同じよ。後遺症? そんなものあるわけないじゃないの! ほかの方? 気分が悪くなったなんて話、聞いてないわ!」でした。

 ところで私は後期高齢者枠ですから手続きの順番は一番早く、5月中に2回目も含めて手続きはすんでおりました。でも接種の順番が回ってきたのは7月に入ってから。2番手の前期高齢者組のほうが先に接種をすませている事実に些か違和感を覚えましたが、会場は混乱もなく、受付から接種までの動線も順調。接種の瞬間も「ぜ~んぜん痛く」ありませんでした。ちょっと気になったことといえば翌日、腕が少し重いと感じたことくらいでしょうか。

 今後、このワクチン接種は年中行事になるのでしょうね。

 小学生の頃、毎年1学期に種痘をする習慣がありました。当時の伝染病の一つ天然痘予防のためのワクチンです。イギリスの医師エドワード・ジェンナーが牛の痘瘡を人間の体に植え付ける種痘の実験に成功したのは1796年5月。ワクチンの語源はラテン語の雌牛vaccaに由来するそうです。そして、おそらく有史以来の感染症であろうと思われる天然痘が地球上から根絶されたとWHOが発表したのは1980年。ワクチンの発見後200年近く経っているわけですね。

 新型コロナウイルスは現在どんどん変異して猛威をふるっておりますが、医学もまたどんどん進歩しております。WHOが根絶宣言をするのに、まさか200年はかかりますまい、ね?

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ワクチンとは何の関係もありませんが、ブドウ園のレディです。
(左)とうちゃんの草履、(右)安全な場所でとうちゃんの働きぶりを査定中。写真提供は北村まりゑさん。

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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