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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第28回 プロの仕事

 身辺整理を始めたのは60歳のとき。20年かけてこれ以上は無理というところまで処分したはずですのに、いざ家屋ごと完全に明け渡すとなると、まだまだ思いがけないものが出現してきて途方にくれます。それでもなんとか東京から北陸に家移り出来たのは、ひとえに引っ越しのプロのお蔭であったと思います。実に手際が良いのです。手伝いに来てくれた友人たちも私も、結局なにもせず、お茶菓子などつまみながらおしゃべりに時間を費やしておりました。

 さらに私の場合、諸般の事情により予定より半年早く移転することになり、近くのアパートに仮越ししておりましたところ、またまた諸般の事情により終の棲家の完成が遅れて、落ち着いたのは東京を離れてから14か月後。その間、仮越し先では当座必要なものしか荷ほどきをせず、大方は段ボールに閉じ込めたままになっておりました。

 なにより気になっていたのは、私が生まれて百日目のお宮参りのときに頂いたお人形の鶴子ちゃんのこと。このお人形はガラスケースに入っているのですが共に年月を重ねているため枠がはずれかかっていて、ともすればガラスがばらばらにはずれかねない様相を呈しておりました。と申しますのも、このお人形は戦争中、母と姉と私を伊豆の修善寺に疎開させ一人東京に残った父が、家族に不自由な思いをさせまいと大きなリュックサックを背負って何回となく疎開先と東京の間を往復しているさ中、ふと飾ってあったお人形と目が合い、連れていかなければという気になってしまったのだそうです。ガラスケースを壊さないようにと父は、身動きが取れないほどぎゅうぎゅう詰めの列車の中で、風呂敷包みをずっと頭の上に捧げ通していたようでした。そのときから70年余りを経た今、枠は外れかかっておりますが、ガラスにはひび一つ入っておらず、見た目には元通りのケースとして鶴子ちゃんを守ってくれています。そして、彼女はそのケースごと、14か月も閉じ込められていた段ボールの中から再び日の当たる私の手元に戻ってきてくれました。

 実に見事な梱包でした。三面のガラスは枠の不備をものともせずきちんと収まっておりましたし、ガラスの中の鶴子ちゃんも付属のおもちゃも少しも位置がずれておりません。プロなんですね。プロの引っ越し業者の仕事なんですね。お蔭でまもなく訪れる81歳のお誕生日も、また鶴子ちゃんと一緒に迎えられます。


 もう一つ、今回の引っ越しに際して最も重要な役割を示したものが90年以上我が家の一員であった父専用の古箪笥です。戦時中、ほかの家財道具は私たちの疎開先に送るべく、梱包されてトラックの手配ができ次第運ばれることになっていたのですが、当座必要のないものばかり詰め込まれていた父の古箪笥は別の場所に置き去りにされておりました。そこへ父の知人が、手配したトラックに少し隙間がある、と知らせてくださったので桐の古箪笥はそちらに積み込まれたのです。そして、我が家で用意万端整えて出発を待っていた荷物はトラックが来る前に焼夷弾の直撃を受け、私たちが疎開した10日後の4月13日の夜、家諸共お雛様やお正月の晴れ着やアルバムなども跡形もなく焼失してしまいました。戦争が終わったとき残ったものは、家族4人の命と古箪笥とお人形の鶴子ちゃんだけになっていたのです。

 しかも古箪笥は、輸送途中でトラックが燃え出して積み荷に火がつき、黒焦げになっておりました。けれども有難いことに炭のようになっていたのは表面だけ。中の衣類はすべて無事でした。桐の厚みが炎の侵入を防いでくれたものと見えます。 その後、箪笥の表面は応急処置を施され、長い間、人目につかない所でひっそりと本来の役目を果たしておりましたが、今回、私の一世一代の引っ越しに際して、私は大修理を行おうと決意し、偶々別件の取材でお訪ねした江戸指物の第一人者に、恐る恐る修繕をお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。そのうえにリフォームの完成が遅れたために長期間、保管までお願いすることになってしまったのです。大変心苦しかったのですが、「仕上げた箪笥をお望みの場所に据え付けるまでが私の仕事です」とおっしゃって私の心を安らげる配慮まで見せてくださいました。そして浅草竜泉の仕事場から加賀大聖寺の私宅まで、搬送業者もご自分で選んで送り届けてくださったのです。

 生まれ変わった父の箪笥は今我が家の二階で、まるで以前から住み着いている主のように端然と納まっております。

 私が死んだら鶴子ちゃんは一緒にお棺に入れて頂き、箪笥は、お世話になっている神社でお役に立てて頂ければと、日頃から親しくして頂いている方々にお願いしてあります。

 これが実現いたしましたら箪笥はこれから、まだ100年くらい御用が勤められるかもしれません。江戸指物の名工の技術が加賀で長生きしているなんて、なんだかワクワクしてまいります。

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私と同年の「鶴子ちゃん」(写真左)と、「時代仕上げ」という手法でよみがえった、父の箪笥(写真右)。

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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