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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第23回 すてきな人々

 加賀市民になってからほぼ1年が経ちました。どこに住もうと1年は1年。時間は公平に過ぎて行きます。

 顔を見ればご挨拶をし、気軽にお話しできる知人もできました。そのなかには同い年の方が3人。つまり八白土星、寅年の昭和13年生まれの方々です。そのうちのお二人は同じ加賀市在住で元高校の英語教師であった方と華道の先生。もうお一人は福井市にある古刹の住職夫人で茶道家としても一家をなしていらっしゃいます。お三人に共通していることは、お話しぶりが簡潔で、そこに居合わせたすべての人に伝わる話題を提供なさっていること。そして、なにより身じまいに油断がないこと。ご自分のお好みの服装をなさっているだけでなく、時、場所、目的を心得ていらっしゃるのです。

 例えば祭事や慶事に参加なさるときは普段の軽装ではなく、きちんとスーツを召して、ブローチやイヤリングなどのアクセサリーも礼を失しない程度にお付けになっている。或いは少し改まった訪問着や一つ紋の無地に織物の帯をお締めになる、といった具合。その佇まいのよさをお見受けして、いい所に来て、すてきな方に巡り会った、とつくづく幸せを感じてしまうのです。

 これまで生きてきた長い時間のなかでも、もちろん大勢のすてきな女性にお目にかかってまいりました。文化功労者に認定されていらっしゃる舞台美術家の朝倉摂さんもそのお一人。小説新潮に掲載された拙作『綱子の夏』の挿絵を描いてくださったことがご縁でした。

 その後も単行本の表紙を飾っていただいたり、いくつかの舞台作品の美術を担当していただくなど、仕事の面でもご一緒する機会が度々ありましたが、私が親しくお付き合いするようになりましたのは、91歳で亡くなった摂さんの晩年十数年ほど。よく電話もくださいました。時間は大抵朝8時ごろ。用件は「あなた、最近、何をご覧になりました?」。どんな芝居を見たかというお訊ねです。

 ひとしきり芝居談義のやり取りがあって、じゃあ、と電話を切る。まことに愉快な時間でした。服装も独特。小柄なお体に細身のパンツ姿。踵の薄い、軽々とした靴をはき、独特な配色のコーディネイトで、ご自分でカットするという赤茶色の髪の毛が色白のお顔によく似合って、シェイクスピアの戯曲「夏の夜の夢」に登場する妖精パックのようです。

 フットワークも軽快で、一日中アトリエに籠っているかと思えば、仕事場である劇場に出向いたり、毎年必ずブロードウエイに行って最新の舞台を10か所くらい廻ったりなさいます。国内ですと遠方からの帰途、飛行場から次の約束の場にショルダーバッグ一つ下げて直行なさることもしばしば。しかも80代半ばまでは、ほとんどお付きもなしの単独行動でしたし、お食事も一日3回きちんと召し上がりました。

 ミラノの芸術大学の大学院で舞台美術についての講義をなさったとき、たまたまパリに滞在中だった私も聴講に出向きましたら急遽、私にも日本の舞台事情を話すようにとお声がかかり、600年くらい経っているという石造りの講堂で15分ほど講堂を埋め尽くした院生を前に、朝倉摂風舞台美術についてのお話をいたしました。もちろん通訳付きです。それからニューヨークにご一緒したときは10日間に11本の芝居を見に行きました。一言でいうなら小気味のいい日常を過ごしていらっしゃったということですね。

 すてきな方といえば、長年私が極め付け!と秘かに独り決めしている方がいます。第66代総理大臣 三木武夫氏夫人の三木睦子さんです。親しくお話ししたことはありませんが、夫君が亡くなられた頃から度々伝統芸能の催しの会場でお見かけしておりました。70代後半から80代後半にかけてであったと思いますが、大正生まれの方にしてはお背が高く骨格も立派。お供はなくて、いつもお一人でした。大抵スーツ姿にパンプスでハンドバッグを左腕にかけ、髪をきちんとアップになさって、かなりの歩幅で颯爽と歩いていらっしゃいます。あんなふうに年を取りたいと今でも、あの毅然としたお姿を思い出してはお手本にしております。もっとも三木睦子さんはご出自を含め、総理夫人になられてからの生き方も人並み外れていらっしゃって、公用車を使わず、私邸から公邸まで地下鉄を利用していらしたとか。また、野党側に立つ人との交流があったり、護憲派で九条の会を立ち上げたりと夫君との意見の違いを外部に公表なさっても、そのことが首相としての夫君の立場に害を及ぼすことがなかったと伺います。三木首相はそんな夫人を「家庭内左派」と呼んでいらしたそうですから「家庭内野党」には先駆者がいたわけです。しかも付け焼刃ではない、しっかりした理念と覚悟をもって、大きく羽ばたく先駆者が。

 昭和生まれの高齢者、なんとなくスケールが小さいですね。でも、いじけてなんかいられません。後から追いかけてくる平成生まれに、年を取るのも悪くないと思ってもらわなければ。

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朝倉摂さんが描いてくださった『綱子の夏』挿絵

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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