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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第69回 特権意識

 過日、83回目のお誕生日を迎えましたが、生活も心情も昨日と少しも変わらない日々を送っております。ただ、こんなに長く生きる予定ではなかったという思いは、なにかにつけて湧いてまいりまして近頃は、一体いくつになったら死ねるのだろうと不安さえ覚えるようになりました。

 では、いくつくらいまで生きるつもりだったのかと改めて考えてみますと、老人の仲間入りを果たした還暦の頃は漠然と、70代で死ぬのだろうな、と想っていたような気がいたします。考えが甘うございましたね。人生90年どころか今や100年時代。いい加減にしてくれ! と寿命を司る神様(どこの国の、どの宗教の、どんな教えの神様か存じませんが)に訴えたい気分でございますよ。

 つい先日、70代になったばかりの知人に訊かれました。「竹田さん、以前おっしゃいましたよね、70になると生きるのがらくになるって」

 思い当たる節があります。ただ、その前に60になると、という項目があります。まず還暦で、高い山に登ったときの眺望のように目の前が一気に開けます。今まで気がつかなかったことに気がつくのですね。そして「な~んだ、こういうことだったのか」と、それまで目配りが及ばないまま見えていながら見過ごしてきたことに思いが至るわけです。----年をとるのも悪くないな----と思い始めたのはその頃からだったと思います。

 そして70になったとき、眺望はさらによくなり、智恵がつき始めた幼児のように知識の吸収に貪欲になりました。やることなすことすべてが興味深く、達成感を覚えるようになったのです。たぶん、その知人には、そんな気持ちを告げたのであろうと思いますが、彼女の問いには先がありました。「80になっても、やっぱりらくなのですか?」

 鋭いですね。でも私、口から出まかせの、いい加減なことを言っているわけではありません。事実なのです。真実なのです。本当に70より80の方がもっとらくなのです。

 勿論、体力的には衰えております。でも精神的にはよりタフになっているように思えます。なぜなら、一人の人間の人生におけるイベントのほとんどを通過し、このあとの最大のイベントは「死ぬこと」のみでございますもの。余計な神経を使わないで生きていられますでしょう? 他人(ひと)様の思惑を忖度したり、自らの言動や体裁をつくろったりする必要も余裕もありませんしね。なにしろ老齢の我が身を、現世の環境に合わせて維持していくだけで精一杯でございますし、悶え苦しみ、のたうち回りながら「死」を迎えたくないというのが今のなによりの望み。前へ前へと進んで行く時間の中で次の一歩を踏み出した瞬間に「生」から「死」へ居所を移しているような最期を迎えたいという一心で生きております。まあ贅沢で我儘で、そして極めて常識的な望みでございますわね。

 ところで歌舞伎には不慮の死を遂げる場面がよくありまして、その対象者の多くは若者で、居合わせた人々が介抱するうちに臨終を迎えると「もう眼が見えぬ」というのが定石になっております。幼い頃から歌舞伎に親しんでいた私は---- へえ、死ぬときはまず視力がなくなるのかァ----と漠然とした知識をもっておりました。その知識がつい最近証明されたのです。

 かなり前から私は血圧安定剤を服用しております。加賀へ移住いたしますときも東京でのホームドクターからのお薬手帳を持参して近くの医院でお薬を処方して頂いておりました。ただ、このドクターは頻繁にお薬を替える方で、あるとき、世間話をしている相手のお顔がすうっと薄くなっていくことに気がつきました。それは、ほんの1、2秒くらいで元に戻るのですが、次第にその頻度が多くなり、気が遠くなる一歩手前で辛うじて踏みとどまるといった状態になりました。

 心電図を24時間つけ通す検査の結果、脈が結滞していることが分かり、それは服用している薬剤の副作用の一つで、なんと就寝中には最大7秒間も脈拍が止まっていたことが判明いたしました。もちろん薬を替えると同時に掛りつけのドクターも替えまして現在に至っておりますが、脈が止まりかけると眼が見えなくなるという芝居に噓はなかったという立証はできたと同時に、7秒の結滞では死ねないということも分かりました。

 大体、苦痛を伴う臨終にしろ安穏な最期を迎えられるにしろ、まもなく死ぬ、と気がつくことはあるかもしれませんが、呼吸が途絶えると同時に----あ、自分は今、死んだ----と人は判断できるものでしょうか? 私感では「判断できない」に軍配を上げます。「死」とは、人としての役割から「解放」されることで、見た目には生前と変わらなくても魂は身体に留まっておらず、時空を超えたどこかに浮遊して、生きている人々の記憶のなかに自在に出入りしているのであろうと考えております。

「死」を意識するのは生きている人間の特権かもしれませんね。

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大聖寺川添いの土手、両側に延々と続く満開の桜です。
いいお天気なのに、なんとなくどんよりしているのは、
黄沙の影響だそうです。(野根さん提供)

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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