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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第54回 年寄りの自覚

 年(とし)をとりますと心身ともに物事の伝わり方が鈍くなります。認知症とかボケとか社会的に認知されている名称で呼ばれる以前に、本人自身が気づく症状です。人の名前が覚えられない、今、自分が何をしようとしていたのか忘れてしまう、微小な段差が避けられずに躓いてしまうなど、何方(どなた)も覚えがおありではないでしょうか?

 どんなに上等で、丈夫なものでも長い年月使用し続けていれば、どこかに瑕がついたり、ほころびができたりするものです。人間だって長く生きていれば、どこかが擦り切れてくるくらい当然でしょう、と、母がよく言っておりました。ですから自分の衰えは仕方がないと大目に見ることにしてまいりましたが、長年大事に使ってまいりましたハンドバッグの取手の付け根が少しゆるんでいることに気づいた時、あり得ないことが起こったような気がして狼狽(うろた)えました。でも、バッグだって年をとって衰えてきたのですね。少し、思いやりの気持ちが芽生えてまいりまして、購入してから十数年愛用していた靴の底が擦り切れているのを発見した時には、こんなにも酷使していたのかと靴に申し訳ない気持ちになりました。

 本当に履き心地のいい靴だったのです。年をとるにつれて靴が足に馴染みにくくなり、少しでも不快感があると足だけでなくお腹や頭が痛くなることさえありました。60代後半ごろからだったと思います。外出の際、歩行用にはスニーカーを履き、フォーマルな靴を常に携帯して、目的の場所についたら履き替える、などという面倒なことはとてもできません。ですから靴を選ぶのは一苦労でしたが、偶々知人に紹介された銀座の靴店で薦められた靴は、ウオーキングシューズのような底なのに踵が少し高くなっていて、外見は小豆色のようなバックスキンに落ち着いたワインカラーのエナメルをほどこした紐付きタイプの靴でした。履いてみると足の甲にも裏にもしっくり馴染んで少しも無理がないのです。

「この靴でしたら旅行先でのお呼ばれにも、劇場にも履いて行けますし、電車の乗り降り、街中を歩くにも疲れにくいと思います」との支配人の説明に嘘はありませんでした。そして、いつでも修理します、というお店の方針に甘えて必要に応じてお邪魔し、カジュアルに使えるウオーキングシューズの踵など、何度も修繕していただいては履き続けております。ところがこの優れものの靴は、見た目が何年たっても新品のようにきれいで、型崩れもしていないので油断しておりました。

 ある初秋の一日、所用あって知人と連れだって日帰りで京都へ出向いた時のことです。約束の時間までにはまだゆとりがありましたし、知人が久しぶりの京都だということで目的地まで寄り道をしながら行こうということになりました。

 まず寄ったのは駅の近くの本願寺さん。そこから五条大橋は目と鼻の先ですから牛若丸と弁慶の像を連れの彼女に紹介いたします。すると向こうに見えるのは四条大橋。「ぜひ行きたい」という同行者の意見に従ってまた歩き始めます。

 なにしろ私はお気に入りの万能靴を履いておりましたので疲れ知らず。いくらでも歩けます。で、四条大橋を渡り、南座の前に立ってから祇園さんにお詣りして、軒を連ねたお店を覗きながら来た道を戻り、先斗町をぶらぶらと通り抜けて三条の弥次さん喜多さん像の前に到着。ここで、程よい時間になりましたのでタクシーを拾って目的地の京都御苑中立売御門前の金剛能楽堂に伺い、無事に用件を果たすことができました。そして京都駅から北陸本線に乗って帰宅したわけですが、玄関で靴を脱ごうとした時、なんとなく左足の裏に違和感を覚えました。足の裏と玄関の敷石との距離がとても近くに感じられたのです。「?!」 

 靴底を見ました。紙一重と言っていいくらい親指の付け根と土踏まずの間が薄くなっていました。

 のちに同行者から報告がありまして、万歩計によると1万5000歩以上歩いたということでした。靴さん、私の度の過ぎた信用に応えて頑張ってくれたのですね。労をねぎらってお役御免にしてあげようと思ったのですが、ますます我儘になる私の足は新しい靴をなかなか受け入れてくれません。充分注意して購入しても長時間たつにつれて裏も側面も甲も押さえつけられるような痛みを感じることがあります。従いましてできることなら気難しい私の足が終始快く働ける環境を足の所有者である私が用意する義務があるという結論に到達し、十数年履いた靴を修理に出すことに決めました。 

 正直に申しまして老人になるとなにかと手数がかかります。元気なまま死を迎えたいという希望を叶えるためには常時、それなりの自覚と準備が必要であると改めて肝に銘じた次第でございます。 

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十数年履いて左右とも底が擦り切れている靴です。
新しく買うより手間隙その他面倒だと思いますが、
足の健康には代えられませんので。

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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