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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第81回 お月様いくつ

 今年の中秋の名月はお天気に恵まれました。空の東の端に浮かんだばかりの満月は、澄んだ夜空の所どころに漂っている叢雲を月光で染めて、見事なオブジェを描き出しておりましたし、その雲が通り過ぎると、遠い遠い、なん百光年か離れているのであろう辺りに分散するスターダストの存在を、地上から見上げる人間の目にまで届けてくれておりました。

 驚いたのは、夜も更けてきた時刻、我が家の2階の窓から中天にさしかかる月を眺めたときです。近くの空き家の屋根がスポットライトを浴びたように光っていて、その源である満月から放たれている光がなんと二重の十字を描き、その縦の光線は真っ直ぐ地面にまで届いていたのです。

 今まで見たこともない不思議な現象に、慌ててお隣にお住まいの宮司さんご夫妻に電話をかけました。

「早くいらしてください! 消えちゃうといけませんから」

 私、虹を見たときのような急いた気分におりました。

 すぐに駆けつけてくださった宮司さんは、シャッターを2、3回きってから、なにかに気がおつきになったとみえ、窓の網戸をてなさりながら「網戸ですね。原因は」とつぶやきました。なんと不思議な月光の形は網戸のマジックがなせる業だったのです。いささか拍子抜けしましたが、それにいたしましても、やはり角度とか高さとか、なにかが影響してあの不思議な光の形が出来上がったに違いないと、今も廻らぬ頭で考えております。念のため2日後の十七夜、ほぼ同じ時刻に同じ窓辺から月を見上げてみましたら、軌道はかなり北に寄っておりまして、2日前のように真正面というわけにはまいりません。それでも網戸を通して見る光は一応、四方に二重の光を描いておりましたが、すでに右側から欠け始めている下弦の月は光を正確な十字にすることが出来ず、二本の線はよろよろとして、途中で捩じれておりました。


 外国でも月を愛でる行事があるそうですが、概ね派手にお祭り騒ぎをすることが多いようです。日本のように長閑のどかで静かなお月見は珍しいのかもしれません。

 元来、農業国である日本の1年は田植えに始まり、稲刈りで終わる農作業を中心に営まれてまいりました。旧暦8月15日は現行の太陽暦になおすと9月中旬から10月初めの頃にあたります。丁度、1年に1度の大仕事を終えてほっとする時期ですね。気候的にも暑からず寒からず、空気は澄んでいるし、木々はたくさん実をつけているし、束の間訪れる穏やかな憩いの時間です。この貴重な時間の主役に日本人はお月様を選んだのですね。そして、自分たちの宴にお月様を招くことを思いついたのです。

 おもてなしのお膳には、まずお月様が立ち寄りやすいようにのぎの穂を目印に立てます。それからお月様の好物に違いないお団子や衣被きぬかつぎ(里芋)に枝豆なども。 

 このしつらえは農村だけでなく都会にも伝えられていて、付属品が多少みやびだったり、洒落ていたり、無骨だったりの差はありましょうが、大きな違いはないまま今日まで伝わってきているようです。さらに日本人は十五夜だけでは物足りず、1か月後の旧暦9月13日の十三夜ものちの月と呼んで、やはり月を愛でる夜を楽しんでおりました。十五夜しか見ないことを「片見月」といい、善くないことのたとえにしていたそうです。

 太陽暦は4年に1度閏年があって、2月が1日増えますが、旧暦は大体3年ごとにひと月まるごと増える閏月があります。元禄15(1702)年は8月が閏月でしたから中秋の名月が2度ありましたし、享保14(1729)年には閏月が9月でしたので、栗の形に似ているところから栗名月ともいわれる13日の後の月を、2度愛でていたと思われます。

『障子から 押あふ顔や 後の月』

 あ、お月様きれい、と障子を開けて誰かが叫ぶと、どれどれ、と居合わせた何人かが顔を出した光景を、お月様から見た「加賀の千代女」の一句です。

『お月様いくつ、十三、七つ まだとしゃ若いな』

 これは古くから伝わる童謡の一部ですが私は子どもの頃、勝手に13+7=20で足し算の歌だと考えておりました。正確には意味不明だそうです。

 邦楽・清元節の名曲『玉兎』は満月の中でお餅をついていた兎がすすきの繁る秋の野辺に飛び出してきて踊り出すという内容ですが、その一節に当時の童謡を取り入れた部分があります。

 〽お月様さえ嫁入りなさる 年はおいくつ十三、七つ ほんにお若いあの子を生んで 誰に抱かせましょ お萬に抱かしょ 

 本来の童謡は、この先、しりとり歌のようになって裾野を広げていきますので結果的に意味不明になりますが、お月見がいかに日本人の心の平安を保ってきたかという証拠ではないでしょうか。

 心がささくれ立つような出来事が続く昨今ですが、満月には餅つきをする兎がいると見た昔の日本人の豊かな感性に、少しばかり誇りが取り戻せるような気がしてくるのです。

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中秋の名月。左は菅生石部神社の提供です。


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竹田真砂子さんの新刊『白春』が、集英社文庫より刊行されました。
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解説は、先ごろ『星落ちて、なお』で直木賞を受賞した、澤田瞳子さんです。

(新潮講座事務局:RM)



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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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