竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第63回 近頃のニュース

 ニュースというものは、その名の通り新しい情報のことですから毎日どこかで思いがけないことが起こり、その事実が報道されることに何の不思議もありませんが、よくまあ、こんなに毎日「まさか!」というようなことが起きるものだと、妙に感心してしまうことがあります。

 北陸中日新聞10月24日付朝刊の社会面に、石川県内でニセ電話詐欺なるものが頻発し、今年の被害額はすでに昨年の4倍超に達したとありました。ターゲットは独り暮らしの高齢者。昨日も80代の女性が約1億1300万円騙しとられたと書かれておりました。これは2004年に統計を取り始めてからの最高額だそうですが、手口はどれも酷似しているところから関係者は県内が狙われていると指摘しているそうです。

 詐欺の手順は、新聞によりますと、
【3月、県警を名乗る男から連絡があった。男は「あなたの個人情報が漏れ、複数の会社に登録されている」と登録削除を指示。指定された会社に連絡したところ、会員番号を伝えられた。数日後、今度はボランティア団体を名乗る別の男から連絡が入り、先ほどの番号を聞かれた。女性が番号を伝えると、会社の男から再び電話が入った。男は「ボランティア団体が不法行為をした。番号を教えたあなたに責任がある」と迫り、トラブル解決の名目で現金を要求。女性は3~8月、指定された市内の駅に11回も足を運び、現れた40歳くらいの同じ男に現金を手渡した】
とのこと。

 女性は残金が尽きるまで、要求に応じていたそうですが、まず感じたことは、不謹慎ですが、ある所にはあるのだなあ、ということと悲劇だ、ということでした。

 被害にお遭いになった女性の悲運は、それまでの長い人生を恵まれた環境の中でお過ごしになった素直な性格の持ち主でいらしたことと、多額の現金がご自分の意思一つで動かせる境遇に置かれていたことでしょう。本来なら他人に羨まれるお立場のはずが逆に利用されてしまったわけです。それにしても、なんという卑劣で残酷な犯罪でしょう。人間関係など詳しい事情は不明ですが、身体的には無傷とはいえ非力な弱者相手に、完膚なきまでに叩きのめし、その人格を踏みにじったのです。

 次の悲劇は、女性が金融機関から何度も預貯金を引き出し、その最高額は千数百万円だったといいますのに、金融機関はなにも不審に思わなかったのかということです。最終的に1億1300万円もの大金を80代の女性が引き出したのです。被害者は10月に入ってから被害届を出したそうですが、3月から8月まで、5か月間もあったのですよ。その間、1億円以上のお金が尽きるのを黙って見ていたのでしょうか? もしそうだとしたら被害女性だけでなく、信用第一の金融機関にとっても大きな悲劇を招く結果になるのではないでしょうか? 

 などと偉そうなことを並べ立てておりますが、この事件、決して他人事(ひとごと)ではございません。80代、独り暮らし。私も条件は一応揃っております。揃わないのは幸か不幸か『億』などという大金を動かせる身分ではないことだけ。
 
それと、時にご迷惑、ご不便をおかけしている向きもあるかとは存じますが、私、固定電話の受信は、電話機に番号を登録している方だけに限らせて頂いております。登録してある方はモニターにお名前が出ますので安心して受話器がとれます。非通知とか番号だけの方からの場合は出ません。知人には大体、この旨を伝えてありますし、もし必要ならばファクシミリとか留守番電話その他で用件、又はお名前を伝えてくださるでしょう。相手が分かればこちらから連絡できます。

 とにかく訳の分からない電話のかかってくることがとても多いのです。同じ番号から何回も何回もかかってきて、着信音1回で留守番電話に切り替わると同時にしゃべり出し、留守番電話の声と重なってなにを言っているのか分からない、なんてこともあります。でも、よく聞いてみるとなにかの質問らしく「××の場合は〇番を押してください」というようなことを呟いているようです。これ、もしかすると危険ですね。うっかり押すと、なにかを承諾したことになったり、なにかに登録されてしまったりということにもなりかねません。従いましてお名前の確認出来た方以外は、受話器を取りませんので、ご無礼の段、どうぞお許しくださいませ。

 それにいたしましても世知辛い世の中になりましたね。少子高齢化などと老人をお荷物扱いするくせに、騙せるものは騙さなきゃ損とばかりに情け容赦なく、身ぐるみ剝ごうとする。のんびりと余生を楽しむなんて夢のまた夢。四方八方に非常線をはり巡らし、人を見たら泥棒と思え!という強い根性を維持しなければならないなんて。

 でも延びましたね、また。日本人の平均寿命。嗚呼!

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前回の未確認動物を見かけたときは、彼岸花が至る所に咲いていて、露草もまだ可憐な花をつけていましたが、
わずかな間に川沿いの道もすっかり秋になりました。

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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