竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第65回 脇目もふらずに

 ミネルバさんが竜宮へ行って玉手箱を持ち帰ってきてくださったとか。しかもカプセルの中からリュウグウ由来のガスが採取されたそうですから、まるでおとぎ話の再現のようです。でも、もちろん、これはおとぎ話ではなくて現実のお話であることは各メディアの報道で皆様ご承知の通りでございます。

 カプセルの中には岩石のようなものが入っていて、この岩石を解析すれば、もしかすると地球や人間の起源が解明されるかもしれないなんて途方もないお話で驚いてしまいますが、これほど遠方の星からそんな貴重な物質を採取したのは世界でも稀有なことなのだそうで、長生きはするものだとつくづく思いました。

 なんでも2014年に種子島の宇宙センターから打ち上げられた探査機はやぶさ2は2018年に地球と火星の間を巡る小惑星リュウグウに到着し、1年以上調査を続けたのち2度の着陸に成功して探査ロボット(ミネルバⅡ1)による岩石の採取に成功したのだそうです。そして昨年11月リュウグウを離れ、1年以上の時間をかけて地球の近くに戻ってきたわけですが、そこで採取したサンプルの入ったカプセルを切り離しますと、カプセルは大気圏に突入してオーストラリアの砂漠への着陸に成功したのだそうです。

 コンテナの入っているカプセルの直径はたったの40センチ。写真を見ましたら回収されたカプセルは、防護服を着た係員さんがお盆に載せて運んでいました。そんな小さなもの、無限とさえ思えるほどの広い砂漠でよく見つけられたと感心するばかりですが、これも地球上のJAXAの基地から追跡することで場所が特定できたのだそうですね。さらに、驚いたことは46億年くらい前に、地球と火星の間に出来たといわれる小惑星リュウグウの大きさです。直径約900メートルしかないのですって! そこに200メートルものクレーターがあるのですって! そんな小さな存在が直径約12,700キロメートルの球体に「水」をもたらし、人間を含む多くの生物を誕生させて現在の地球を存在させているのだとしたら......。

 後日の報道によれば、探査ロボットが持ち帰ったリュウグウの砂の量は100円玉よりも重かったのですって! なんですか、ワクワクいたしますね。

 今、本体の探査機はやぶさ2は地球への軌道を離れてより火星に近づき、次のミッションである小惑星(1998KY26)に向けて旅立っていったそうです。

 到着は2031年7月の見込みとか。

 それにいたしましても、昔は夢物語だったことが今は現実として、日々の話題になることにひたすら驚くばかりです。隔世の感というのは、まさにこのことでございましょう。
 火星人というものを漫画で初めて見たのは小学生の頃でした。私が小学生だったのは昭和25(1950)年までですから少なくとも70年前のお話でございます。タコみたいな形の異様な生き物がなにやら人間と渡り合っているのを面白く見ていたような気がいたします。そのうちに『新宝島』なる漫画も目にいたしましたから、あの火星人も手塚治虫さんの初期の作品だったのかもしれません。終戦直後の物のない時代で、ざらざらの紙に印刷された本が、わずかながら出回っておりましたし、まともな教科書もありませんでしたが、担任の先生はご自分の才覚を駆使なさって、いろいろな知識を私たちに伝えてくださいました。

「水金地火木土天海冥」もその頃、教えて頂いたように思います。お蔭で漫画の「火星人」の存在も面白がることができたわけですし、冥王星は最近発見されて太陽系の9番目の惑星になったという説明もあって、星空が身近な親しみやすいものに思えるようにもなりました。冥王星の発見は1930年で、当時は太陽系最小の惑星と紹介されていたようです。

 でも、冥王星はその後、太陽系惑星からはずされて準惑星になってしまいました。惑星としての大きさに欠けるという理由だったと覚えておりますが、その後の科学の進歩によって詳細が明らかになってまいりますと、ほかにも難しい理由があるようです。いずれにいたしましても今回改めて小惑星リュウグウがクローズアップされたことで、近頃は忘れられた存在になってしまった冥王星の存在が急に懐かしく甦ってまいりました。子どもの頃の記憶というものは、頭の隅の方に根深く、根強く残っているものなのですね。

 そんな思い出に浸っておりましたら偶然国立天文台のHPで12月17日の夕方、月の傍らに木星と土星が接近している写真を目にいたしました。天空の星たちは定められた軌道を脇目もふらずに巡りながらも時には分裂したり、脇道にそれたりするようです。そして下界から天空を見上げる私たちの感性を刺激し、感情を揺さぶり、知識を与え、豊かな美意識を育ててくれます。

 脇目もふらずに「終焉への道」を気楽に歩みたいと願う80代になって、星空を見上げるゆとりに浸るようになりました。コロナとの縁は当分切れそうにありませんが、師走の加賀の夜は静かです。

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2015年11月、JAXA種子島宇宙センターにて。
南の島なので暖かいと思ったのですが、夜になると寒くて、急遽、ホッカイロを探したのも、いい思い出になっております。

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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