竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第61回 子猫の事情

 ある日、お隣の神社に真っ白な子猫が迷い込んできました。生まれて1か月くらいでしょうか、哀れなくらい小さいけれど、よほど怖い目にあって来たのか絶えず周囲に目を配り、人が近づこうとすると歯を剝いて威嚇します。掌に載せられるほどの大きさなのに、ネコ科のプライドにかけて自分の望まないことを行う対象物に対して、はっきり拒絶の意思を示してみせる子猫でした。

 普通なら同じ時に生まれたきょうだい子猫と列を作って母猫の後を追いかけているのでしょうに、その母猫はどうしたのか、ほかにきょうだいはいないのか、いったいどこから、どうやって、たった1匹でここに辿り着いたのか、まるでわかりません。神社としては生き物を飼うわけにもゆかず、かといって、こんないたいけな生き物が鴉につつかれたり、ほかの野良猫にいじめられたりするのを見過ごしにしてしまうほど無慈悲ではありません。当然、なんとか急場をしのげるような対策を立てなければと、とりあえず空腹であろうとミルクを与えました。

 子猫はたちまちピチャピチャと平らげて、与えてくれた人間の顔を見上げます。こうなりますと与えた側の人間は弱い。子猫の生殺与奪の権利を無意識のうちに握ってしまったことに気づき、しまった!と思いますが、ことすでに遅し。子猫はすでに、ここへ来ればなんとかなるとの認識を確実にしております。

 子猫は全身が真っ白で、耳がピンと立っていて内側がほのかなピンク。顔は小さめで首筋から胴へかけての線がほっそりとなだらかに伸びています。人間の女性にたとえるなら、すっきりとした様子のいい体つきといったところですが性別は不明。木の切り株にできている祠のようになった穴に身を潜めて、じっと外を見つめている姿などは、神様の使わしめではないかなどと妄想してしまうほどの気高さを備えています。ただ、可哀そうにこの子猫、声が出ません。子猫というものはのべつ幕なしに、にゃあにゃあ鳴き声を上げているものではないでしょうか。初めのうちは耳が聞こえないのではないかという意見もありましたが、物音がすればちゃんとその方向を見ますので音は聞こえているらしい。

 そんな周囲の心配をよそに子猫は少しずつ環境になれてきたようで、ある日のこと、この子猫のために用意した数々の運動グッズ、例えば道端の雑草の中から取ってきた猫じゃらし、長い紐の先に結び付けた軍手やボールなどで思い切り遊んだ後、かすかに鳴き声らしきものを聞かせてくれました。その後、発声練習をしてみたらと、こちらから「にゃー」と誘ってみましたら、絞り出すように「にゃー」らしき声を出したのです。それからも時々、声を出そうと努力している様子が見られるようになりましたが、その様子があまりに不憫で、「無理しないで、少しずつ出せるようにしようね」と慰めますと、キョトンとした顔つきをいたします。もしかしたら生まれたての頃、何らかの事情で親きょうだいと離れ離れになり、声を限りに鳴き続けて声帯を傷つけてしまったのか、或いは、なにか悪いものを食べて喉を荒らしてしまったのか、と思いを巡らしますが、いずれにしても鳴き声を上げない子猫は哀れです。

 元来、私は猫をあまり好きではありません。原因は小学6年生の頃読んだ『枕草子』の「うへにさぶらふ御猫は」の件(くだり)です。猫は御殿の内にいて大切にされているのに犬の翁丸は家来たちが詰めている場所の近くにうろうろして残飯を与えられるだけ。しかも、たまたま大切にされている猫を追いかけたからと蔵人たちに死ぬほどの折檻を受けたりするのです。この経緯に納得がいかない私は、以来ずっと猫との相性はよくありませんでした。でも、このいたいけな子猫は違います。嫌という程の孤独や恐怖や飢えに怯え、命の危険にさらされる日々を理由もなく経験させられてきたのです。無条件で可哀そうと思うのも無理ではございますまい!「かわいそうだたァ惚れたってことよ」と、かの夏目漱石も『三四郎』の中で言っております。そうかもしれません。朝な夕な、気になって仕方がありません、子猫のことが。

 今のところ、この子猫には定まった飼い主がおりません。こういう境遇の猫は「地域猫」と呼ばれるそうで、以前私が住んでおりました新宿区にもたくさんおりまして、ご近所でお金を出し合ってこの手の猫の境遇を支えておりました。最近加賀でも増えてきているようで、その対策を講じるNPO法人もできているそうです。そして困ったことにこういう場合、独り暮らしの私は当然のように「お寂しいでしょう? 飼いませんか?」と勧められます。

 でも私は必ずこうお答えいたします。「生き物の面倒は自分一人で手一杯です!」と。たとえ惚れても情に流されない。それが八十路を越えた老人の心構えでございます。

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(左)神社の拝殿の御扉が開くのを、じっと遠くから見ている様子が、不思議なくらい落ち着いていました。
そこで、驚かさないようにそっと遠くから撮ったものです。
(右)なんにでも、すぐじゃれつくのが普段の猫です(撮影者は「のね」さん)。 

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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