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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第53回 只今自粛中

【お知らせ】

毎回、本連載をご愛読いただき、ありがとうございます。 竹田真砂子先生の珠玉の短編「木戸前のあの子」が収録された、朝日文庫時代小説アンソロジー『おやこ』(細谷正充編)が発売されました。 ほかにも、池波正太郎、山本周五郎などの名短編が満載です。 ぜひ、お読みください。

(新潮講座事務局)

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 新型コロナウイルスの侵蝕が止まりません。加賀市は4月18日まで感染者数0をキープしておりましたが、遂に1名の感染者が出ると翌日その数は2名になりました。石川県全体では4月20日現在180名を超えています。従いまして油断は禁物。人々の意識が100年くらいフリーズしているのではないかと思われるこの界隈でもこのところ、なんとなく様子が違ってまいりました。小中高が休校になっているせいかもしれませんが、町全体が静まり返っているように思えます。

 地元の神社も常とは佇まいから違ってまいりました。各社申し合わせて参詣の方々の手に触れるもの、例えば手水を使うときの柄杓、おみくじ、お札、お守りなどをすべて片付け、水は樋を造って流すようにしていますし、御朱印帳もやり取りせず、あらかじめ認めてある札をお渡しして、ご自分で貼帳面に貼り付けて頂く策を講じていました。神事祭事も縮小を図り、人が集まる行事はすべて中止です。

 当地の一番古い神社は西暦585年創立と伝えられておりまして従来、旧暦6月30日に行われていた夏越の祓いの際に執行される『疫神塚』の神事は、その頃に始まったとうかがっております。

 1000年以上前から存続している神社のお祭りは、例えば京都の祇園祭や博多の祇園山笠には見事な細工の山車が幾つも連なって大通りを練り歩きます。これは猛威をふるう疫病の退散を祈願することから起こったお祭りということですが、やはり当時の人々が、いかに疾病を恐れていたかの証拠であろうかと思います。

 当地の神社の場合はさらにその前夜ともいうべき時代だったわけですね。まだ元号もない、医者もいない、薬もない、病気になれば自然治癒か死を待つしかなかった、手っ取り早く言えば原史時代です。そんな絶体絶命の中で人間が出した唯一の改善策が病の拡張を封じることでした。疫病を真菰で造った塚に封じ込めてしまうのです。それが『疫神塚』の神事です。

 ばかばかしいと一笑に付さないでください。西暦2020年4月、今、まさに私たち人間は自分たちが家に閉じこもって、世界中を超スピードで駆け巡っている疫病が通過してくれるのをじっと待っています。科学の進歩によってあとからあとから優れた効能を持つ新薬が開発され、精密な機械、器具が考案され、それに伴って医学的な技術も日進月歩しております。それでも今のところ人間は、コロナウイルスCOVID-19の跋扈(ばっこ)を止めることができておりません。それどころかCOVID-19は突然変異してさらに強力なウイルスになっているという情報もあります。

 世界中の人々が今、自ら外出を禁じ、自らの行動を封じ込めて、祈るような気持ちで疫病の退散を待っている状況は1400年以上も前の人間が遭遇した恐怖と同じなのです。この件につきましては「第48回 流行り病」の中でも触れておりますが、2か月の間にコロナウイルスによる世界の状況は深刻の度合いをさらに深めてまいりました。

 緊急事態宣言が発令されて単なる自粛を超えた外出禁止が叫ばれております。それでもまだ一部のレストランや遊技場など営業している処もあるようですし、自宅待機に我慢できなくなった人が地域を越えて、不要不急の買い物に家族ぐるみで出てくる場合もあります。それからパチンコ店の開店を待って行列する人々、ゴルフ場に出向いてカートに乗り、クラブを振る紳士方もおいでです。いつから日本人はこんなに弁(わきま)えのない振る舞いをするようになったのでしょうか。啞然としたり、情けない気持ちになったり、他人事ながら心が落ち着きません。なぜならこういった方々が不用意にまき散らすウイルスが即座に感染者数を増やしているからです。

 フランスでは外出の際、自己申告による証明書を携帯することを義務付けられているそうですね。違反すると最大750ユーロ(約87,000円)の罰金が科されるうえ、30日以内に4回違反すると3,750ユーロ(約44万円)の罰金および6か月の禁固刑が科されるとか。イタリア、イギリス、スペイン、ドイツ、アメリカ、フィリピンなども厳しい罰則が制度化されているようです。

 第二次世界大戦が終了して75年。未だに片付かない問題を抱えながらも廃墟から立ち上がって、ともかくも経済大国になった日本が、今この時に、その経済の柵に邪魔されて急場の判断をつけかね、自粛という曖昧な単語を多用して国民に責任を負わせ、国民を死の恐怖に追い詰めている様子を、先人たちはどう見ているでしょう。国民一人一人の自制を促すと同時に、今こそ政治家がその存在を示す時ではありませんか? 決して国家の強制を望んでいるわけではありませんが、小手先の、思い付きの、見せかけの、姑息な手段ではなく、根源的な方策を早く示すことに命がけで取り組んでいただけないものでしょうか。

 と祈るような気持ちで今、私はこの加賀便りを認めております。

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神社の手水処(ちょうずどころ)。
柄杓を置かずに、龍の口から出ている水に竹の樋を繋いで参詣人の手の届くようにしてあります。

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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