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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第66回 80人に1人

  新型コロナウイルスと共に令和3年という新しい年を迎えました。終焉の地と決めた加賀に移り住みまして4度目の新年でございます。

 ずっと暖冬続きでしたが今年は大晦日から引き続いての雪で、積雪はそれほどではないものの、やはり歩行には注意が必要です。もちろん東京などの雪の少ない所と違いますから、雪対策はそれなりに出来ておりまして、少しでも積もれば主要な道路は小さな噴水のように水を出す融雪装置が稼働して即座に積雪を除去してくれます。大変有難いのですけれど、解けた雪も含めた水が道路に広がるので大雨のときのように辺り一面水浸し。さらに解け損ねた雪が小さな堤を作ってしまい、その間を通る雪解け水が小川のように幾筋も出来てしまうのです。こうなりますと必要なのは雪用の滑り止めのあるブーツではなくて昔ながらのゴム長靴。これを履いて、3センチくらいの水たまりをピチャピチャと音を立てて歩きます。

 生まれて初めての北陸住まいではございますが、足掛け5年も住めば後期高齢者といえどもそれなりに知恵がついてまいりまして、自分がまだまだ進化しているような気になれます。

 それにいたしましてもこの寒さ。耳学問ですが、なんでも大陸から途方もなく大きくて冷気と水気を一杯含んだ低気圧が日本海側に乗り出しているのだそうで、これを名付けて爆弾低気圧と申しますそうな。ニュースは毎日まず日本列島の雪情報。特に日本海側がひどく死者も出たそうですが、後半は太平洋側に移動して、やはり相当な被害をもたらしそうだということでした。

 寒くなれば当然、インフルエンザも流行いたします。ところが今年のインフルエンザは今のところ(1月中旬)例年より罹患者が少ないそうです。外出の際、マスクをする習慣がついたせいであろうということで、マスクの効能が別件でも証明されました。一石二鳥と喜んでいいのかどうか、些(いささ)か迷うところではあります。なにしろ世界の新型コロナ罹患者は、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学、システム科学工学センターの調査によれば、1月17日15時22分現在で94,490,941人に達しています。

 昨年の2月、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号が横浜港に停泊して新型コロナウイルス罹患者の情報が日本列島を駆け巡ってから1ヵ月あまり経っていた頃、加賀便り第50回「ウイルスは国境を知らない」のなかで上記センターが開発したonline dashboardによる新型コロナ情報の一部を転載いたしました。そのときの世界の感染者数は、3月14日13時33分現在で145,369人でしたが、10ヵ月の間に地球上のすべての大陸に新型コロナウイルスは広がり、その感染先は人間のみならず動物園のゴリラにまで及びましたし、ウイルスそのものもいろいろに変異しつつ感染先をさらに増やしていっていることも知りました。

 世界中の感染者数は遠からず1億人を超えるでしょう。現在、世界の人口は77億人を超えているそうですから、世界中どこにいても約80人に1人は新型コロナウイルス感染者ということになりますね。

 すでにワクチンの接種を実施している国もありますけれど、医療従事者であるアメリカ在住の知り合いに問い合わせましたところ、自分は職業上のこともあり、当然のこととして接種を受けたけれども、周りには躊躇する人も大勢いる、との答えが返ってきました。日本ではまだワクチン接種が実現しておりませんし、PCR検査さえ未だに行き渡っておりません。いろいろ面倒な手続きが必要なうえ、検査場所が限られていることが要因のようですけれども、そんなことでいいのでしょうかしら? 政府の対策が後手後手になっているとの見方も、あながち批判できないような気がしております。

 ニュースを見ておりましても政治指導者の発言が生ぬるく思えてなりません。中には民主主義に独断、独裁は許されないから仕方がないとおっしゃる識者もあり、ごもっともと、理屈ではそう思いますものの、緊迫感をあまり感じさせない表情で、メモに目を落としたままの棒読みの発言には、危機感も真実味も見えないために、さらに不安が倍増して、国民は何を指標にすればいいのか途方に暮れてしまいます。緊急事態宣言が発令されているなか、繁華街で若者たちが狼藉を働くのも、そういう不安のやり場の一つかと、年長者だってつい見過ごしてやりたい気にもなるでしょう。

 さらに恐ろしいのは、他国の政治指導者の発言が非常にわかりやすく、その命令が出されるや否や下部組織が対応して、たちまちその通りに実行される様子を見て、絶対的な指導者をカッコいいと見てしまう大衆の認識です。民主主義では何もスピーディーに決められない不安感が、独裁的な手腕を、実行力があると思いこませてしまうのですね。それで破滅の道に向かってしまったナチス・ドイツの悲劇を私たちは近現代史から学んでいるはずなのですが、今は、そんなことにならないように只管(ひたすら)祈るばかりです。

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ブドウ園の麗人メル嬢。雪娘の訪問を喜んでいるようです.
(写真提供:まりゑさん)  

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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