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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第86回 人生最良の日々

 新型コロナなる わざわい も2年経ちまして、ちょっとお隣へ回覧板を届けに行くときでもマスクを忘れないようになりました。冬場のマスクは眼鏡をかけている者にとりましては剣呑でして、気温が変わりますとすぐ眼鏡が曇ります。ただでさえ足元がおぼつかないところへ目までぼんやりしてしまっては、一歩足を踏み出すごとに全身の神経を尖らせなければならず、かなり疲れます。では、歩かなければいいかと申しますと、運動不足では日々の生活を円滑に保つことはできません。

「元気で死にたい」が、大方の高齢者にとりましては唯一無二の希望。思い通りの最期を迎えるための準備に軽い運動は不可欠の要素でございます。そんな面倒なことにも、とりあえず慣れてはまいりましたし、コロナもどうやら下火になってきたようで、やれやれと一息つきかけたのも束の間、今度はオミクロン株なる新顔が登場して、あっという間に全国の感染者数の記録を更新してしまいました。

 ただでさえ落ち着かない日々を送っている間に今度は、南太平洋で海底火山の大きな爆発が起こったというニュース。しかもその影響は日本列島にまで及ぶという緊急事態になり、いつもの時間に起きて、いつも通りストレッチなど、朝のルーチンをこなしながらテレビをつけた私は、いきなり津波のニュースで慌ててしまいました。よく聞けば南太平洋にあるトンガ王国のフンガ・トンガ-フンガ・ハアパイ火山が爆発したとやら。

 南太平洋と聞きますと、片寄った知識しかもたない私は不謹慎にもブロードウエイミュージカルで映画にもなった『南太平洋』をすぐに思い出してしまいましたが、爆発による煙は成層圏に届くほどの高さに至り、1000年に一度の大噴火だとか。

 確かにその爆発は太平洋上の気圧を変え、海水を押し上げ、震源地から8000キロメートルも離れている日本列島にまで押し寄せていたのですから、太平洋のみならず地球の一大事に違いありません。当然、世界史の年表には、新型コロナウイルスの地球上大蔓延に並んで記されることになるでしょう。


 日本列島にいたしましても、今後あまり遠くない未来に海底海上を問わず、あちこちの火山が噴火したり、プレートが移動したりして大地震が発生するであろうといわれております。

 この情報が出始めた頃は、いくらなんでも私の生きているうちは起こり得ないと高を括っておりましたが、コロナ以降、そんな甘い考えは通用しない、異変はすぐそこまで迫ってきていると身構えるようになりました。おとぎ話のように思っていた旧約聖書に出てくる逸話も、かなりの現実味をもって迫ってくるような気がいたします。例えばノアが巨大な方舟をつくって大洪水に襲われた地球を彷徨する件は、大規模な気候変動によって起こった災害を意味しているのでしょうし、バベルの塔の崩壊は自然を恐れぬようになってしまった人間の傲慢さを戒めるために自然界から配剤された教訓といえましょう。

 人間の傲慢の度合いは科学の進歩と共に日々増幅されているように思います。その極致は、自分の人生をいとも簡単に諦め、見捨ててしまうことでしょう。しかも近頃は、自分を傷つける勇気がないので死刑になる手順を思いつき、罪を犯す必要に迫られた挙句、縁もゆかりもない、偶々出会った行きずりの、アカの他人の生命を奪うという言語道断の輩まで頻繁に現れるようになりました。まだあります。自分の生命を自らの意思で自ら殺害してしまう事件。多いですね。簡単に絶望し、自分も含めて人の生命を自分の欲望のままに奪うなんて、或いは自分の生命の消滅を他人の手に委ねるなんて、甘ったれるにも程があります。

 この手の露ほどの想像力も持ち合わせない輩について、その要因をいろいろ分析し、緊張感を強いられる近頃の環境を考慮して理解を示す有識者もおいでですが、環境にすべて押し付けてすむことではありますまい。同じ環境で生活しながら大半の人間は耐え、前向きに生きて行こうとしているのです。

 かの文豪ビクトル・ユーゴーは「人生最良の日々は、これから生きる時間」という言葉を遺しているそうです。

 これから生きる時間が残り少なくなっている高齢者にとりましては、withコロナで行動を極端に制限される時間が長引きますと最良の日々に出会うチャンスが減るわけで、正直なところ寂しい気持ちになっておりましたが、なんの、制限された行動範囲の中でも好奇心を満たしてくれる出来事は毎日忘れずに訪れてくれます。コロナ騒動が起こって以来、旧友からの長電話が増えました。パソコンを介して2、3人と同時に話すこともあります。

 近くの大聖寺川にいる鴨はいつも圧倒的にヒドリカモが多いのですが、今日は何故かオオバンが増えています。その子たちにもそれぞれ個性がありまして...。

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(左)ヒドリカモ:いつも団体行動。行列して、なぜか向かい風の中、川上に進んでいます。
(中)白鷺:こちらはほとんど単独行動。なにをしていても絵になります。
(右)オオバン:黒尽くめのダンディな鴨で、こちらも孤独を愛するようです。
ついでながら食用になるのはマガモのみ。他の鳥の捕獲はすべて禁じられております。

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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