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竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第73回 開放期

 モテ期という時期があるそうですね。単に異性にモテるというだけではなく、近頃は広く人に好かれる時期という意味にもなっているようです。

 ところで長い人生、どんな意味でも「モテた」という気配を感じたことのない私は、その代わりに目下、開放期のまっ只中でございまして、まことに快適な日々を過ごしております。開放期とは、読んで字のごとく開け放し。あけひろげ。オープンという意味。

 とはいえ、83歳になった今日まで特段、忍従を強いられたこともなく、自由に暮らしては参りましたけれど、やはり人並みの社会生活を営む以上、他人の迷惑を顧みず、独断と偏見を振りかざして勝手気儘に言いたいことを言い、やりたいように振る舞うということは許されないくらいの心得は備えていたと思います。言動が法に触れれば勿論刑罰を受けますし、日常的に不可欠な常識からはみ出せば孤立を招くことになりましょう。中には孤立を恐れず、自らその立場を望む方もいらっしゃいましょうが、それは並外れた才智や行動力を備えている方に限ることで、凡人には出来かねる生き方であろうかと存じます。

 それに、良かれと思って言ったことが曲解され、誤解されたりして、円滑だった関係に大きな亀裂が入ってしまうこともありましょう。「物言えば唇寒し秋の風」と、俳聖と讃えられる芭蕉翁でさえ、口は災いの元と言わんばかりの句を遺していらっしゃいますし、「雉も鳴かずば撃たれまい」と一命にも及ぶ大惨事に至ることもあると、注意を促すたとえもございますしね。

 事ほど左様に日常生活を波風立てずに過ごすのは難しく、自らの一挙手一投足、言葉の端々にまで気を遣って神経をすり減らすような場合もございましょう。又、そこまで極端でなくても、日々幾分かの気遣いをしつつ暮らしを継続させているのが、ごく一般的な社会生活を送っている大多数の常識人ではないでしょうか。でも、ご安心くださいませ。時には理不尽とさえ思えるその長期にわたる気遣いも決して無駄になりません。よわい80になってご覧あそばせ。それまで全身を覆っていた気どり・・・がなくなって、自分の本体があらわになります。自分が自分であることにわだかまりが無くなってしまうのです。つまり自分に正直になります。自分に正直になるということは他人様にも正直になれるということなのですが、端的に申し上げますと、そのようにしかできなくなっている・・・・・・・・・・・ということでございます。

 但し誤解のないように申し添えますが、正直になるということは自分本意で自我を押し通し、我儘いっぱいに振る舞うということではございません。なにしろ80年にわたって身につけてきた常識的な気遣いから、いらないものはそぎ落とし、必要なものだけを選んで所持しているわけですから、わざわざ他人様を不愉快にさせる言動を選ぶような無駄・・は完全削除されてしまっているわけです。

 無駄のほとんどは「他人様によく思われたい」という意識です。79歳までの人生ではそうでした。対人関係を意識することが強かったと思います。ところが人生のカウントダウンに足を踏み入れた80歳になった途端、「どう思われようと私は私」と開き直れるようになります。

 80年生きてきて、やっと自分は自分であると確信できるようになったということです。若い頃の思い出がどんなに素晴らしかったとしても、その頃に戻りたいとは思いません。滑ったり転んだり。その度に激痛が走ったり、胸が苦しかったりするのを他人に気づかれないようにやせ我慢するなんてこと、二度と繰り返したくありません。寿命がどんなに延びようと80歳以降に控えている最大のイベントは『死』です。生きとし生けるものすべてに必ず訪れる、極めて公平な『死』を快く、清々しく迎えられる自分でありたい。それを人生の最終章の目標に掲げて残り時間を大事に使っていきたい。

 その考えに辿り着いたとき、気持ちが急に軽くなったような気がいたしました。魂が解放されたのでしょうね。

 だからといって私の言動が急に変化したわけではありません。思い違い、失言、失態をさらけ出す日常に、従来通りだと自覚しております。ただ、そのために他人様が下すであろう自身への評価を気にするようなことはありません。無駄でございますから。

 くどいようですが、これまでは順調な日常生活を送る優先順位を、自分自身の成長を促すためではなくて、人に悪く思われないことの方を第一に置いていたような気がいたします。でも、そんな遠回りをする必要はなかったのですね。いつでもどこでも相手の人格を尊重してさえいれば、お互いに心の内の風通しが良くなるのではないでしょうか。

 一年で一番好きな季節、初夏の緑の中で、開放期という新鮮な日常を過ごせる80代に、臆面もなく大声で叫びたい気分です。「ブラボー!」と。

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見渡す限りの田んぼのなかを散歩しておりますと、
燕が真正面から突進してまいりました。
小さくて速いので、撮影もたいへんでした。
2~3回、私の周りを旋回しておりました。

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ブドウ園の彼女が撮った「柿の花」です。
私、初めて見ました。柿の花なんて。

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「深窓の令嬢」のワンカットでございます。
本来は猟犬なのに、
ブドウ園の外へ出たことがない、箱入り娘です。

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竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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