『ついに行く道とはかねてききしかど 昨日今日とは思わざりしを』
当時としては決して早死にではない、55年の生涯を送った在原業平が死を覚悟するほど重い病にかかったときの一首だそうです。古今集の編者であった紀貫之は業平の作品について「その心あまりて詞(ことば)たらず。しぼめる花の色なくて匂い残れるがごとし」と、かなり辛口の批評を下しておりますが、この歌は分かりやすく、素直に心の内を吐露しているのではないでしょうか。
「死」は時も所も人も選ばず勝手にやってまいります。生まれたばかりの赤ちゃんから寿命の先端に辛うじて留まっている翁媼(おきな・おうな)に至るまで今、生きている道の先に必ず待機しているはずです。「死」はとても平等なのです。
何を今更、そんな分かりきったことを、とおっしゃる向きもおありでしょう。そうなのです、分かってはいるけれど毎日の生活の中では誰も、それが現実になって目の前に立ち塞がるとは思わないのです。ですから死に繋がる施設、例えば火葬場や葬儀場やホスピスなどの建設に反対するのですね。特に最近は人生100年時代になって高齢者の数が急増いたしました。しかも独り暮らしが多い。体が利かなくなっても世話をしてくれる人がいないまま誰にも看取られずに死んでゆき、死後数週間経ってからやっと発見されたというニュースも珍しくなくなりました。
一人で死ぬということは、大多数の人間にとって寂しい死、孤独な死に分類されるのかもしれませんが、大勢に囲まれて息を引き取る人が必ずしも幸せを感じているとは限りません。そして孤独死を気の毒だといい、大勢に看取られる死に際を幸せな死と分類するのは生きている人間で、死んでゆく人にはまったく意味のない評価だと思います。
ただ一つ死んでゆく際に注文を付けるとしたら苦しまずに穏やかに、できることなら普段の暮らしを続ける中で息を引き取りたい、ということでしょう。これは生きとし生けるものすべての理想です。そこで本人が望む最期を迎えるための終末期医療、緩和ケアなどををほどこす施設ができているわけですが、それぞれの病気の種類や進行具合、或いは健康ではあるけれども高齢であることなど、個によって名称にも緩和ケア病棟とかホスピスとか差があるようです。特に近年は急速に増加した独り暮らしの高齢者の不安を解消し、安穏に終末期を過ごせる、比較的小規模な施設が設立されているそうで、個人での看取りに不可欠の設備を備えた家を数人でシェアする施設を含め、各地にホームホスピスなるものが増えていることを知りました。全国ホームホスピス協会という一般社団法人の組織が宮崎県にあることも、多死社会という言葉もこれらの報道で初めて知った次第です。
少子高齢化で1970年ごろ盛況だった大型団地の入居者が高齢化し、空室が多くなったところから、これらを利用して体力のなくなった高齢者の終末をケアする施設にしようということなので、私など単純に結構なことだと思ってしまうのですが、断固反対する人も多いようです。「死」を日常的に見たくないというのがその理由。
確かにどんなに覚悟していても、いざ「死」が確定しましたらきっと『昨日今日とは思わざりしを』という心境になるでしょう。生きている限り、死んでもいいときなど絶対に訪れないと思います。でも、それでも確実にやって来る「死」。分かりきっていることを繰り返し、また繰り返して私たちは生きているわけで、「死」を日常的に見たくないという方々は、まさかご自分のようなセレブに「死」は訪れないと思っていらっしゃるわけではありますまい。
どんな形であれ人が「死」を意識できるのは生きている間だけです。「死」に到達した瞬間、人は死というものから解放されてしまいます。人の死を目撃し、認識するのは生きている人間なのです。そして私たちは「死」というものの正体を知りません。正体の知れないものはなんとなく不気味です。枯れ尾花だって暗がりで見れば幽霊だと思う。怖い怖いと思えばドアのきしむ音だけでも悲鳴を上げる。だからといって死を日常的に見たくない、ホスピスの設立は反対、というのはエゴというより無理ではありませんかしら? なにしろ高齢者が圧倒的多数を占める社会が今後何十年、何百年続くか分からないのですから。
「死」は不気味ではありませんし、特別なものでもありません。なぜなら私たち一人一人、誰でもが確実に持ち合わせ、ひとときも離れることなく付き合っている、ごく日常的な存在です。その意識こそが少子高齢化の時代に巡り合わせた私たちに必要な処世術ではないかと存じます。