竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第11回 豪快な家事

 加賀に移住して半年が過ぎました。石油ファンヒーターの扱いにも慣れ、ホームドクターも決まり、近隣の地理もかなり分かってまいりまして、日常生活に全く支障はございません。なにより有難いのは、現在の住処に隣接してスーパーマーケットがあること。東京の都心では考えられないほど広い敷地に食品館をはじめ、ドラッグストア、生活雑貨、家具調度、電化製品やガーデニング用品を扱う棟が建ち並び、さらにコインランドリー、午前中に持ち込めば夕方までに仕上げてくれるランドリーなどが、それらの各店舗を訪れる客に対応できる広い駐車場付きで、朝10時から夜9時まで営業しているのです。ですから洗濯機を回し始めた途端、洗剤不足に気づいても狼狽えることはありません。すべて5分後には整います。ただ一つ困ったことは、お惣菜売り場を覗きますと、どれも量が多い。確かに買い物客は、ご家族を抱えた一家の主婦と思しき方のほかは、お年を召したご夫婦連れが相談しあいながら買い物をなさっている光景に多く出会います。ですから基本的に二人分で、別に大家族用として肉類など大量に纏め売りしている場合もあります。スーパーにしてもデパートの地下にしても一人前で売ることが多くなった東京から来た身には、いささか戸惑う量の多さです。

 なにより驚いたのはコインランドリーに設置してある洗濯機の大きいこと。東京の旧宅近くにもコインランドリーはありました。商店の建ち並ぶ大通りからちょっと横丁を入った辺り。普通のしもた屋をそれらしく改造した店舗で、家庭用と大差ない洗濯機が4、5台置いてあります。そして私が通りすがりに見た限りでは、利用者は学生か単身赴任のサラリーマンかといった若い男性で、ポツンと一人、漫画本かなにか読んでいるかスマホを見つめている光景が多かったと思います。ところが、こちらのコインランドリーはまるでスケールが違います。まず敷地が広い。建物も大振り。中に設置されている洗濯機がまた大型。業務用ほどではありませんが、25キロも洗ったり乾燥させたりできるのです。私が使用している洗濯機は限度5キロですから、お相撲さんでしたら幕下と大関ほどの差がございますね。一体どういう方が使うのだろうと思っておりましたら主婦らしき方が車を乗りつけ、慣れた様子で店内に入ると大型の乾燥機2台から、ふわふわに仕上がった羽根布団やら毛布やらを取り出して手早く車に詰め込み、ちょうど店の前で逢った顔見知りらしき方と立ち話をしたあと、また颯爽と立ち去って行きました。立ち話をしたもう一人の女性も、山盛りのカーテンを抱えています。私はなぜか意味もなく「なるほど」と納得してしまいました。

 こういったコインランドリーはほかにも町のあちこちで見かけます。こちらの主婦はほとんど仕事を持っています。商店の経営に携わる人、自治体や企業や医療施設に勤務する人、フリーランスでそれぞれの特技を生かす人、そういった働く主婦にとって大量のカーテンや寝具のお手入れはかなりの大仕事でしょう。大型洗濯機なら決まった設定さえしておけば後は放っておいても全部きれいに、さっぱり仕上げてくれるうえ、その間にほかの所用を果たすこともできます。

 家事というとチマチマした感じが否めませんが、見渡す限りの空の下、広々とした駐車場、大手を広げて「さあ、どこからでもかかっておいで!」というようにどーんと構えて迎えてくれる大洗濯機群。まあ、なんて豪快な作業でしょう。

 でも、困ったことが一つあります。それは絶対に自動車と共に行動しなければならないこと。地方は交通機関が不備なところが多いので車なしでは日常生活に支障をきたします。ですからどちらのお家でもガレージは少なくとも2台分のスペースがありますし、医院も小売店もコンビニエンスストアも飲み屋さんも駐車場完備が普通です。地価の高い東京では絶対に無理ですね。それから高齢者向きではありません。車の運転は卒業しなければならないし、カーテンや布団の束を抱えこむ体力もありません。豪快な家事など夢のまた夢。あっさり諦めて私は、今日も限度5キロの洗濯機でチマチマと家事に勤しんでおります。

 北陸も春になりました。鴨に代わって燕が飛び交い、大聖寺川の畔は青々とした柳が風に揺れています。

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どーんと構えて迎えてくれる、コインランドリーの大型洗濯機!

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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