竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第31回 至れり尽くせり

 確かに世の中、便利になったと思います。80に余る老女でも、とりあえずスマホもパソコンも操作します。いえ、それどころかすでに、これがなければ日常生活でいろいろ不便なことが発生するような現状に組み込まれてしまっています。

 家屋の構造にいたしましても、昔は夜になれば雨戸を閉め、朝は雨戸を開けるところから始まるといった具合でしたが、今はボタン一つで音もなくシャッターが開いたり閉まったりしますし、外灯は暗くなれば勝手に明るくなり、明るくなれば自然に消える仕組みになっています。キッチンだって使い勝手をとことん研究した結果でしょう、無駄な動きをしないで済むように、水道も調理台も収納もすべて効率よく配置されておりますし、お風呂に至っては、その進歩たるや驚くほどです。すでにかなり以前から、それなりの設定さえしておけば10分くらいで湯槽に程よい量の、程よい温度のお湯をはってくれる程度のことは実現していたようですが、最近はさらに進化して、お湯をはり始めるときは「お風呂の栓をしましたか?」と優しい声で注意を促してくれますし、適量になると、きらきら星のメロディが流れて「お風呂が沸きました」と知らせてもくれます。さらには湯槽に浸かってから10分経つとポロンポロンと柔らかいベルの音がして、湯槽から出るように促します。眠ってしまわないように、のぼせないように、風邪をひかないように、という至れり尽くせりの配慮なのです。

 でもまあ、この齢になりますと出来ることなら、いい気持ちのまま死ねたら幸せなのですけれど。

 実際に知り合いのお祖母様でほんとうにそういう方がいらっしゃいました。もう40年以上前になりましょうか、明治生まれで、当時80を幾つか越えておいででしたが、いつもの時間にいつものように入浴なさったときのことです。なかなか出ていらっしゃらないので、お家の方が不審に思って覗いてみましたら、湯槽に浸かったまま息絶えていたというのです。お通夜に伺ってお別れをいたしましたが、穏やかないいお顔で、お肌もつやつやとしてほんとうにきれいな仏様でした。

 ご子息が言いました。「風呂に入って、きれいになって、それで安心して死んだのでしょうね。おしゃれだったから、おふくろは」。

 まさに大往生。結構なご最期と申し上げてよろしいかと存じます。

 そのあともお通夜に集まった方々との間で、お風呂で死ぬということについての話が続きましたが、あまりにも現実とは対照的な、不謹慎であるがゆえに忘れられないお話がひとつありました。「あのね、風呂を沸かしていなかったからよかったけれどね、沸かしっぱなしにして長時間気がつかないままでいると湯が煮えくり返るでしょ。すると死んでいる人が煮えてきちゃうわけ。そうすると大変だよ。体がね、どんどん......」。

 そのあとを想像しますと気分が悪くなりますが、誰も気がつかなければ、まあ、理屈としてはそういうことになりますね。

 昔のお風呂は、と言ってもそう遠くない昔です。今でも最新型に切り換えない限り湯槽に水をはり、火をつけて適温になるのを見計らうという一般的なお風呂を使用しているお宅もあるかと存じます。いかに昔人間の私でも、さすがに薪でご飯を炊いたり、お風呂を沸かしたりしたことはなく、燃料はずっと都市ガスでした。一般家庭の場合はまず水をはり、その水を燃料で温めるのが普通で、湯槽に直接湯を入れるようになったのは近年のことです。この手のお風呂は、水の分量も温める時間も人間自身が頃合いを見計らわないと湯槽から水が溢れたり、お湯が沸きすぎて熱湯になってしまったりすることがあります。 時には湯槽に手を入れて湯加減を見て、程よく沸いたと思って入ってみると、沸いたのは上辺だけで下はまだ水、ということがありました。こんな経験、50代以上の方でしたら覚えていらっしゃるのではありませんか?

 ところが当然のことながら最近の若者は知りません。いえ、お風呂の温度の問題ではなく、温度の高い空気は軽く、低い空気は重いという極めて初歩的な科学知識を知らない若者もいるのです。その若者は、空調の具合が悪くて冷房をつけると下の方ばかり冷えて困ると言いましたので「当たり前でしょ」と私は応えました。すると彼は「えっ?」というような顔つきをしたのです。そこで「お風呂だって上だけ沸いて下が水ってことがあるじゃない」と申しましたら不思議そうな面持ちで彼は言いました。「へえ、そうですか」と。

 スマホ、パソコン、若者の鮮やかな操作には目を見張りますが、一般家庭のお風呂まですべてコンピューター任せになっていることを考えますと、こういった科学の進歩が、思いがけないところで知識の退化を促しているのかもしれず、至れり尽くせりの日常生活にふと疑念を抱いてしまうと同時に、昔のアナログ風呂が懐かしく思い出された、ある日の小さな事件でした。

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大聖寺川沿いのサクラ(遠景は白山)。
【写真】野根智代

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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