竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第22回 生まれて初めて

 2017年度の調査によりますと日本人の平均寿命は、女性87.26歳、男性81.09歳になったそうです。100年前の平均寿命は40代だったといいますから驚くべき数字ですが、一体人間はいくつまで生きていられるのか、ネットで検索してみましたところ、ギネスブックに認定されている限りでは117歳になっておりました。イタリアの女性ですが、認定された翌年ご他界。今年になってやはり117歳で長寿世界一に認定された日本人女性が7月に亡くなっていらっしゃいます。

 最近は、100歳になっても職業をもち、自立している方もいらっしゃると伺っておりますし、世間的にも「人生100歳時代」と言われるようになりましたから平均寿命はまだまだ更新されるのでしょう。

 でも、ついこの間まで「人生90歳時代」のはずでした。ですから私は80歳になったのを機に、目標を10年先の90に置くことにいたしました。100歳と言われてもまったくイメージできませんし、90歳でさえ、自分がどういう年の取り方をしていくのか見当もつきません。なにしろ生まれて初めて80歳になったのですから。

 明治生まれの私の母は84歳で亡くなりました。父が亡くなってから15年気楽な未亡人暮らしでしたが、私が同居しておりましたし、認知症の症状も特段感じられないまま少しずつ衰弱していったように思います。そして寝たきりになりましたのは最後の一か月だけで、次第に薄れていく意識のなかでも自分らしさを失わず、静かに生き抜いて死んでくれました。

 その時私はまだ40代でしたが、なんとなく自分の死期を75、6と決めておりました。今から40年近く前、母が死んだ頃は、新聞の死亡欄などを見ても70代で亡くなる方が多かったのです。ですから私は80を過ぎても普通に元気でいる母を見て、ひそかに「うちのお母さんは一体いくつまで生きるつもりだろう?」と思ったくらいです。元気だと申しましても、やはり80過ぎた老人に日常生活の責任をすべて負わせるわけにはいきません。たとえば火の始末とか外出時の事故とか、なにかアクシデントがあった場合の責任は、私が側についている、いないにかかわらず、すべて私にあると覚悟しておりました。

 そんな私ではありましたが、70代半ばをこれといった感慨もないままやり過ごしてしまい、ふと気がつけば目の前に立ち塞がる80歳の壁。そこで私、考えました。80歳までは70代の延長で生きられるであろう。しかし、そこから先は未知の世界。たぶん自覚のないまま衰えてゆくに違いない。現にこれまでお目にかかった多くの先輩方も80代半ばを過ぎるとやはり活動時間や範囲が狭くなり、心身がご自身の思い通りに働かなくなっていらっしゃったではないか。どう考えても、健康であろうがあるまいが80歳の元気が90歳まで保たれているはずがないと。

 現在の私は満80歳の壁を越えて半年たちましたが、70代の時と同じように、というより移転いたしましたので劇場通いするにも東京、京阪、名古屋まで足を延ばさなければなりませんから今までよりはるかに長い距離を、頻繁に移動しております。時には東京と石川県加賀市を日帰りすることもあるくらいです。従いまして身体的負担は以前より大きくなっていると存じますが、90歳までこの状態が継続できるかというと、それは疑問です。

 現に物忘れは日進月歩。集中力、瞬発力、持続力は確実に落ちておりますし、握力に至ってはまことにお粗末。ペットボトルのキャップがとれなくて、新幹線車中などでは車掌さんか車内販売のワゴンが通りかかるのを待って声をかけ、開けていただけませんか、と頼むことがしばしばあります。90歳になりましたらこの症状はますます深刻になるでしょう。

 ところが年々、平均寿命が延びてきて今や人生90年どころか100年まで視野に入れなければならないことになりました。でも無理。90歳でさえあやふやなのに100歳の自分なんてまったく想像がつきません。ですから100歳の自分は、90歳まで生きた時点で改めて考えることにいたしました。

 因みに100歳超えの生存者の調査を始めた1963年当時、日本の該当者は153人だったそうですが、2017年の調査では67824人になっています。ほぼ50年で400倍以上にふえたわけですが、さらに今年度中に32097人ふえるはずだということですから100歳という年齢を実感すること自体、みんな生まれて初めての経験なのです。

 もう一つ因みに、2015年5月の調査では大人用おむつの売り上げが赤ちゃん用のそれを上回ったとあります。高齢者の現実を少子化の現実と重ねて突き付けられたようで、ちょっと立ちすくんでしまいますね。ついでに「あなたの死亡年齢がわかります」というサイトを見つけ、いくつかの質問に答えてから簡単な計算をした結果、私の場合86歳という答えが出ました。元気に死にたいと願う80歳としては理想の死亡年齢。あいなるべくは理想通りに行きますようにと、世界中のあらゆる神々に願う今日この頃でございます。

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朝焼けの白山

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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