竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第44回 神事とECOと千秋楽

 御代御一代の祭事『大嘗祭』が大嘗宮で行われた日、わが加賀の地でも1400年の歴史をもつ神社で日没後、当日祭なるものが執り行われました。

 皇居では毎年11月23日の勤労感謝の日に、海、山、川、野から恵まれる産物に感謝し、その仕事に従事する人々の労をねぎらう新嘗祭がありますが、本年は、大嘗祭と唱えられて、例年より規模を大きくした神事が宵から未明にかけて行われたわけです。この大祭は、暗闇の中でわずかな明かりのみを頼りに、陛下がお一人きりで神との親交を深める儀式といったようなものらしく、天皇から天皇に伝わる一子相伝ということですから、もちろん私共の与り知るところではございませんが、日頃、海、山、野に出て自然界の掟のなかで生計を立てている方々にとりましては、決して無縁と片付けられない重要な結びつきがあるのではないかと推察いたします。当地の斎場にも生産者の方々、あるいはその関係にある方々が多く参集され、なんとなくいつもとは違う改まった雰囲気の中で神事は厳かに進行してまいりました。

 つくづく思います。神事とは農耕に代表される日本の産業と、それをもたらす陽光や風や雨などの自然の恵みを讃え、その恩恵に対して謝意を表することなのだと。そうやって日本人は、四方を海に囲まれた小さな島国の中で悠久の時を過ごしてきたのだと。

 科学万能の世の中になって、この自然を敬う意識がいつまで継続できるか分かりませんけれども、少なくとも今、その機会を得られたのであれば、束の間でもその思いを身内に貯えておくことは無駄ではないと悟った次第でございます。

 神事以外にも、この地に移りましてからいろいろ珍しい経験をすることになりました。

 秋になりますと茸の集いがあります。場所は茸の専門家のお宅であったり、個人所有の植物園の一角であったりいたします。炭火を囲み、お鍋やらお肉の網焼きやらと共に、BBQのような雰囲気でいろいろな茸を楽しみます。

 植物園には一続きになっている広い農場があり、幾棟ものビニールハウスが並んでいて、季節の野菜が育っています。昨年伺った時は今まで見たことも、もちろん食べたこともない金時草という野菜を知りましたが、今年はパプリカが見事に育っておりました。この農場はバイオエネルギーセンターを併設していて、生ごみを処理して生成して堆肥化(たいひか)しているとうかがいました。その肥料を使うことで土にたっぷりミネラル分が含まれ、植物たちが勝手にその養分を吸収してくれるのだとか。そのうえ、免疫力が高くなるということでしょうか、伝染病にかかりにくくなるという効果もあるそうで、天然素材に潜在する効果の底力に改めておどろいてしまいました。

 なかでも私が特に興味をひかれたのは、ビニールハウス内の気温調節に使用しているエネルギーが、なんと使用済みの天ぷら油だということです。これまで生活排水として廃棄され、河川を汚していた食用廃油を集めて精製したもので、これを使うことでCO2が大きく削減されます。とてもいいアイディアなのですが、ただ難点は使用済みの天ぷら油を大量に集めなければならないこと。家庭用だけではとても足りません。そこで、天ぷら屋さんはもちろん、デパートやスーパーなどにも働きかけ、回収業者の協力を得たりしながら、必要量を確保しているようです。農場の代表取締役K氏のお話によれば、現在はまだ若干灯油を使っているそうですが、来年度から100%使用済み天ぷら油になるとか。急速に気温が下がり始めた11月半ば。ビニールハウスの中はほんのり暖かく、大きなパプリカがたくさん実っておりました。

 同じころ、最寄りのブドウ園では収穫祭がありました。参加者はほとんどご家族連れで、こちらも園内で収穫されたものを素材にしたケーキや焼き鳥。ブドウと同じ土で栽培されている大根のおでんに、自家製の窯で焼いた熱々のピザなどを味わいながらの集いです。これでこの地の農作業は一段落(いちだんらく)。実りの秋は農耕にとっての一年の締めくくりなのですね。興行などの終了を意味する千秋楽という言葉は、まさしくここから発信されていると思います。

 ジャズピアニスト秋吉敏子さんが、日本のある農村をテーマに作曲した『FOUR SEASONS OF MORITA VILLAGE』では、四季の順序を春夏秋冬ではなく、凍りついて静まりかえっている冬を筆頭に据え、しだいに雪が解け、草が萌え、鳥が鳴き、花が咲き始める春になり、夏のじりじり照りつける太陽をよそに、深山渓谷に響く修験者の祈りの声などを経て、豊かな稔りを祝う人々の、躍動感あふれる秋で締めくくっています。まさに千秋楽。農耕を中心とした日本本来の姿が鮮やかに描かれていることを、今更のように強く実感しております。

 収穫が終わりますと北陸はまもなく、冷たい冬を迎えます。

 鮮やかな青空に浮かぶ霊峰白山は、師走を待たずに、もう雪で真っ白です。

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(左)CO2を出さないエネルギーの原油は、天ぷらで使った後の廃油です。
(右)ビニールハウスの中で育つパプリカ。

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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