竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第45回 あの人のこと

 中村京蔵さんをご存知ですか? 

「知らない」とおっしゃる方も、財務会計ソフトのCM「勘定奉行にお任せあれ」の人、と申し上げれば、ああ、あの人!と肯かれるのではないでしょうか。そうなのです、あの裃姿で見得を切る、凛々しい勘定奉行が中村京蔵さんなのです。でもこの方の本性は歌舞伎の女方。といっても歌舞伎関係の家系に生まれた根っからの役者さんではなく、大学卒業後、国立劇場(独立行政法人 日本芸術文化振興会)の養成事業の一つである歌舞伎俳優研修所の研修生を経て歌舞伎俳優になった方です。

 あまり歌舞伎をご覧にならない方は女方というと、普段から女みたいな男に違いないとお思いになるようですが、歌舞伎の女方は概ね、舞台を離れれば普通の男性です。なぜなら彼らはいわゆる役者ですから、男の役を演じるときと同じように女の役を演じているだけなのです。

 ただ、もちろん、女の役を勤めるからには女に見えなくてはいけません。そのためには、舞台に出たらほっそりとした華奢な体つきに見えるような工夫をしますし、声も自分が持っている声のうちの高いキーを使って発声いたします。そうやって自分の体を酷使して女になり、女の心情を演じる。それが歌舞伎の女方です。あくまでも男が演じる女でありまして女方が演じる女は、本物の女性にはない美しさや心意気を芸の段階まで引き上げて表現するものなのです。そのために必要なのが数々の稽古事。それは女方だけでなく、立役(男役)ももちろん数々の必須科目があります。

 まず基本になるのが踊りと義太夫。歌舞伎の立ち居振る舞いの基本は踊りですし、発声の基本は義太夫です。その基礎がしっかりできませんと歌舞伎の俳優として成立いたしません。女方の演じる女が、実際の女性以上に女らしく見えることがあるのは、稽古を積んで身体的な要素を身体に叩きこんだうえでその心理に迫るからで、上辺だけで通用するものではないということをご承知おきください。

 ただ近年は舞台用の化粧品の品質がよくなっていて、男性の肌にも滑らかに艶やかにのるようで、女方さんが皆さん、昔よりきれいになりました。そんな女方の一人が、今回ご登場願っている中村京蔵さんです。歌舞伎俳優になった京蔵さんは、今は亡き先代中村雀右衛門丈に入門し、すでに40年近く女方として経験を積む一方で、歌舞伎のみならず、新劇など数々の舞台にも出演なさっています。さらに国際交流基金主催の歌舞伎レクチャーデモンストレーションの講師や文化庁文化交流使として、世界中を飛び回るという八面六臂の大活躍をなさっています。

 そんな多忙を極める日常の中でも、彼は歌舞伎の女方としての精進を欠かしません。大体2年に1回くらいの割で自費を投じてリサイタルを開催しているのです。その内容は実に意欲的です。創作の夕べと題した2006年のリサイタルでは、なんと中島敦の小説「山月記」に義太夫の曲をつけて舞踊に脚色し、素踊り(衣裳をつけず素顔のまま紋付き袴の姿で踊る)で上演しています。

 ある秀才が社会的にも望みうる限りの高い地位につきながら詩作を志しますが挫折し、遂に発狂して虎に変じてしまったという、高校の国語の教科書にも採用されている大変解釈の難しい、あの「山月記」です。残念ながら私はこの舞台を拝見しておりませんけれども、この上演を知ったとき、女方中村京蔵さんの、自己実現を果たそうとする凄まじいまでの意欲に驚愕してしまいました。

 それから13年を経た2019年10月、京蔵さんは第6回舞踊の夕べで女方にとっては最高難度の「京鹿子娘道成寺」に挑戦し、同じ道成寺物の「現在道成寺」を加えた二曲を一人で踊りぬきました。おそらく体力の限界に達するほど、全身全霊を使い果たしていらしたと思います。しかし、その舞台は見事なものでした。当日、すべての客席を埋め尽くした見物が、おそらく一様に感じたと思われることは『ああ、これこそ本物の女方の踊りだ』という感動であったと思います。

 歌舞伎研究家の中村哲郎氏はこう表現していらっしゃいます。「女方が正体不明の曖昧な何かになっている今日、女方は男である、という感覚が僕に戻ってきた」さらに「女方の踊りはポーズでもなくムードでもない。男が身を責め、身を刻み、体を酷使して、踊りに踊りこむ、痛苦の作業である」

 私の文章力ではこんなに的確な解説ができませんので、中村哲郎氏の文章をそのままお借りいたしました。

 加賀便りには不似合いな内容ですが、私はこの催しのためにはるばる北陸から東京三宅坂の国立劇場に上ってまいりました。日頃から文化とは何か?を考えている私にとりましては大変有意義な上京でした。文化なんてお腹の足しにはならないと、よく言われますけれど『生命の足しにはなる』ことがよくわかりました。大掃除の後のように胎内のゴミがすっかり洗い流されたような気分になりましたので。

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(左)道成寺二題のプログラム
(右)「山月記」の舞台

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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