島越駅と吉村昭

 9月3日から9月10日の8日間、当Webのアクセス人気駅ランキングの1位は、三陸鉄道島越駅です。9月2日のこのブログでも触れましたが、島越駅周辺の津波による破壊は、筆舌に尽くしがたいものがあります。大吉とユイが絶句するのは当然です。

 私が取材に訪れたのは4月30日でした。その破壊に衝撃を受けたのですが、元の姿を知りません。実は駅の姿さえ知りませんでした。それで三陸鉄道にご協力をいただき、震災2日後と震災以前の写真を島越駅のページにアップすることができました。
 0000002571.jpg▲投稿:df200-7atさん 
 今回初めて震災前の島越地区の姿を知ることができました。特に海から撮影された80年代の写真にぐっときました。小さな入江、白い砂浜、緑の山、そこに三陸鉄道の高架橋、そして南欧風の建物が異彩を放っています。
0000002618.jpg0000002599.jpg▲投稿:df200-7atさん
 この白亜の壁に青い屋根の建物は、島越駅の駅舎。正確には田野畑村の建物で、1階に切符売り場や海水浴客用のシャワー室、2階に軽食喫茶がありました。そして図書コーナーも。図書コーナーには作家吉村昭さんと津村節子さんが寄贈した本が置かれ、住民に貸し出されていたそうです。
0000002567.jpg0000002501.jpg▲提供:三陸鉄道

 sanriku.JPG不明を恥じますが、吉村さんの『三陸海岸大津波』(文春文庫)は、東日本大震災後に読みました。明治、昭和、チリ地震津波について、徹底した現地取材から書かれた作品です。読み進むにつれ、錯覚のような感覚に襲われます。過去の地震津波について書かれた作品なのに、描かれている様が東日本大震災のことを書いているのではないか、としばしば錯覚したのです。
 吉村さんは友人の勧めで田野畑村を訪れ、この土地を題材にした作品で文学賞も受賞するという縁の深い土地だそうです。その後足繁く三陸に通ううちに『三陸海岸大津波』(最初の出版時は『海の壁』)を書くことになります。
 そうした縁で島越駅に吉村さんの文庫ができたのですが、それが東日本大震災の大津波で跡形もなく消失するというのは、どういった因縁なのでしょうか。

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編集部 田中比呂之(ひろし)

2013年09月11日   東北   タグ : あまちゃん, 三陸鉄道

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