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鶴見線 鶴見臨港鉄道沿線案内

 鶴見線の話をつづけます。昨日のブログで鶴見臨港鉄道の沿線案内をご紹介します。この『沿線案内』には路線図と駅の紹介が細かい字で印刷されています。ただし大抵の沿線案内がそうであるように、発行年が書かれていません。ですから沿線案内を手にしたらまず年代特定をしなければなりません。実はこの作業が楽しいひととき。

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 基本的な説明から始めます。この路線図は、現鶴見線の鶴見臨港鉄道と総持寺から川崎大師までの鶴見臨港鉄道軌道線の路線と駅が描かれています。先に開通したのが軌道線の方で、大正14年に海岸電気軌道として開通しています。 
 一方の鉄道線(ここでは便宜的にそう呼びます)は、鶴見臨港鉄道として弁天橋から浜川崎までが大正15年に開通します。貨物線として開業しました。
 昭和5年3月に両社が合併し、軌道線も鶴見臨港鉄道となり、10月には鉄道線が省線鶴見駅近くに鶴見仮駅を開設して、鶴見から扇町まで旅客輸送を始めました。
 さて路線図の年代推定に移りましょう。まず鉄道線の4つの終点の開業日を調べます。新芝浦=昭和7年6月10日、石油=昭和5年10月28日(旅客駅として)、大川=昭和5年10月28日、扇町=昭和5年10月28日(旅客駅として)です。路線図には昭和7年開業の新芝浦が載っていますから、少なくともそれ以降の発行ということがわかります。
 では廃止駅や新設駅を探します。まず軌道線は昭和12年12月1日に廃止されます。これでこの路線図が昭和7年から昭和12年の間の発行という推測ができます。この間、廃止駅がひとつありました。浅野新芝浦間に「末広」という駅があり、新芝浦と同じ昭和7年6月10日に開業して、昭和10年3月4日に廃止になっています。浅野から0.2kmでした。
 そして新設駅があります。現鶴見小野は昭和11年12月8日に「工業学校前」として開業しています。この両駅がこの路線図にないことから、『鶴見臨港鉄道沿線案内』は昭和10年3月4日から昭和11年12月8日の間に発行されたと推測ができます。
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▲安善駅は昭和4年竣工
 鶴見臨港鉄道はこの沿線案内をどういう目的で発行したのでしょう。この路線図のまわりに描かれているのは、今も当時も錚々たる大企業ばかり。満鉄の社名まであります。まさに京浜工業地帯ですね。レジャーらしき施設は、野球場、競馬場ぐらいでしょうか。あとは総持寺と川崎大師。
 昭和のはじめ頃からこうした「沿線案内」は数多発行されていますが、これほど観光地と縁のない「沿線案内」は珍しいのではないでしょうか。かなり異色の「沿線案内」です。

編集部 田中比呂之(ひろし)

追伸 KINUさんが>先日投稿された江ノ電記念乗車券で、券面に印刷された女優さんの名前が「白都真理か友利千賀子か確証が取れなかった」とMEMO欄に書かれていました。社内で何人かに聞いたところ、ある同僚がたちどころに「友千賀子」と断言しました。ですので、この女優さんは友里千賀子さんです。
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2013年11月06日   関東   タグ : 鶴見線

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