ホーム > Web日本鉄道旅行地図帳 BLOG 悠悠自鉄 > 本の話 > 『でんしゃ通り一丁目』を懐かしく読む
『でんしゃ通り一丁目』を懐かしく読む

20140411_01.jpg ふだんコミックを読むことはほとんどありません。読むとすれば仕事の関連で目を通すぐらいです。先月表紙が目にとまって『でんしゃ通り一丁目』(日本文芸社)を手に取り、作家の名前を見てそのままレジに行きました。

 池田邦彦さんには仕事でお世話になっているのですが、漫画家としてではなく、イラストレーターとしてお世話になっています。『日本鉄道旅行地図帳』の表紙デザインをあれこれ考えていたとき、各地域の特徴を視覚的にわかるようにするには、代表的な車両の側面イラストが欠かせないだろうと思いました。
 北海道は283系、東北ならE2など平成20年当時の新しい車両イラストをお願いしました。毎月イラストをいただくたびに「池田さんにお願いしてよかった」と感謝しておりました。地図帳シリーズのタイトル周りには、すべて池田さんのイラストが入っています。
『でんしゃ通り一丁目』は都電が日常だった頃、昭和30年代の東京の下町が舞台です。主人公は17歳のノン子、行儀見習いのために叔父の質店で働くために福島から上京するところから物語が始まる、1回完結の連作です。
 鉄道ファンとしては車両などが正確に描かれているかどうかにどうしても目が行きますが、その点はまったく心配ありません。それよりも都電の運用や乗務員の仕業などが、ちゃんと物語に埋め込まれています。このあたりが池田さんの真骨頂でしょう。
 ノン子が車掌の野村と出会うシーンでは、野村が柳島車庫に所属していて、23系統、24系統、30系統の3系統に日替わりで乗務していることがわかります。この説明シーンは一コマですが、これを調べるのはたいへんだったでしょう。しかもそれを物語の背景にも埋め込んであるのです。このあたりに池田さんのこだわりや誠実さが出ています。
 物語には懐かしさを感じるものの、私も昭和30年代生まれですから、舞台になっている年代の生活を知っているわけではありません。この時期の都電に乗った記憶もありません。そもそも都民だったこともありません。
 それでも小学校の先生にはシベリア抑留から帰ってきた人がいましたし、ジョニ黒が高級品だったことも覚えています。須田町交差点で毎日都電を眺めながら、戦艦の名前を呟いている人が登場します。都電の形式と戦艦名の妙は、私にはわかりにくいのですが、日常に戦争体験者がいた時代でした。私の父もそうでした。須田町は都電が集散することで有名だった電停です。このシーンで当時活躍していた車両を、戦争体験者に語らせています。このシーンのあとはちょっと切ないのですが。
 短いようで、振り返ってみるとかなり遠くに来たものだとしみじみと思いました。私と同世代の方々には是非読んでいただきたい作品です。

編集部 田中比呂之(ひろし)

2014年04月11日   本の話

PAGE TOP