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品川新駅と東京機関区

 「車庫」という響きは鉄道ファンには、甘美とまでは言いませんが、特別な響きがあるように思います。東急沿線で育った私には、元住吉とか鷺沼とか奥沢などは他の駅とは無意識に区別をしています。

 国鉄JRでは、機関区、電車区、客車区などはやはり特別な響きとともに、その横を通るときなどは、あらかじめ心構えをしています。車庫は情報の宝庫です。見慣れない車両の姿を見つければ、同好に話したくなります。
 JRの品川や尾久などは車庫というより、基地と言った方が相応しい感じです。ここ通過するときは必ず車窓を凝視します。ここ1年ぐらいは品川付近を通るときは必ずその変化を目で確認しています。下り線横に新しい留置線ができて、すでに電車が留置されています。いつのまにか東京機関区の建屋がなくなっていました。
20140605_01.png ▲JR東日本プレスリリースより
 先日この広大な車庫の敷地の再開発計画が発表されました。前々から噂があり、いつ発表するのかと思っていました。山手、京浜東北、東海道上りを海側に移設して、山側に巨大な街をつくる計画のようです。この辺り、京浜東北北行の線路が、新橋〜横浜間が開通した時の線路で、横はすぐ海だったそうです。
 駅の完成予想図を見ましたが、かなり期待しています。大屋根にホームまで巻き込んだ駅を計画しているようです。大阪駅は大屋根こそできて楽しい空間ができたものの、ホーム上にも屋根が残っています。品川新駅は是非そういうことがないようにお願いします。
 まだ駅名を決めていないようです。カタカナやローマ字混じりの駅名にはしないよう、重ねてお願いしておきます。よもや新しい施設名(ルミネやアトレの後継者)などを冠することのないように、これもお願いしておきます。
 さて牽強付会気味ですが、かつてここにあった東京機関区の写真を、数点ご紹介します。中学生の時に友人と訪ねたときの写真です。例によってなぜ東京機関区を訪ねることになったのかは不明です。40年前の写真で、かなり傷みがあります。
 私が明治期に汐留にあった機関区を知らないように、ここに東海道本線の特急・急行列車を牽引した機関車たちがたむろす機関区があったことを知らない世代もいるでしょう。ついでに40年前の13歳の私の姿も遠目でわかりにくいのを幸いに、出してみます。写真は昭和46年2月の撮影です。
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編集部 田中比呂之(ひろし)

2014年06月05日   東京 / 関東

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