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磐越西線「乗り鉄」と「撮り鉄」の旅(復路)

 昨日につづき磐越西線の旅を続けます。新潟から「SLばんえつ物語」号に乗って、列車の旅を楽しみ、喜多方で下車。われわれの乗った列車を撮影しながら車で追ってきた編集部の後藤と合流しました。ひとつ手前の山都駅に戻り、駅近くの蕎麦屋に入りました。

 ちょうどお昼過ぎの喧噪が終わったばかりと見え、座敷のテーブルの上はまだ散らかったままでした。山都の山奥に水だけで食べる蕎麦があると聞いたのはいつごろだったでしょうか。それだけ水が美味しいということなのでしょう。山奥ではなく駅前ですが、ようやく山都蕎麦を食べる機会が巡ってきました。
20140604_01.JPG ▲そば処「やまびこ」の寒晒しそば
 丸いお重に盛った蕎麦とは別に、お椀に水に浸った蕎麦が出てきました。まずこれから口にしてみると、なるほどこれなら汁はいらないかも知れないと思いました。水も美味しい。空腹だとつい天ぷらを頼んでしまいがちですが、この蕎麦なら天ぷらはいらなかったかもしれません。
 さて復路は「撮り鉄」です。山都駅近くの黄色い一ノ戸鉄橋(この鉄橋は「行くぜ東北」のポスターに使われています)を眺めて、最初の撮影地に向かいます。後藤の案内で喜多方の山都寄りにある濁川鉄橋の近くの農道に到着。すでに何人か三脚を立てています。順光、遠くに磐梯山が霞んでいます。
 列車の時間が近づくとさらに人は増えました。カップルや夫婦などもいます。同行のおねえさんとお兄ちゃんはそれぞれiPhoneを構えています。私はコンパクトデジカメを手に待ちました。まず山都側から会津若松行きのキハ110が3両に通り過ぎました。その頃には喜多方駅でC57が吹き上げている黒い煙が見えていました。
 待ち時間は30分ほど、「SLばんえつ物語」号は客車の軽快なジョイント音とともに過ぎ去っていきました。中学高校の時は、撮影が終わると一休みですが、この日は違います。列車を車で追い越し、次の撮影地に向かうのです。「撮り鉄」は様変わりしていました。昭和46年に喜多方付近で撮影した写真と今回の写真を並べてみます。
20140604_02.jpg 20140604_03.JPG ▲(左)昭和46年10月撮影(右)平成26年5月31日撮影
 次の撮影地に向かいます。前を見ると先ほどの撮影地で駐車していた見覚えのある車が走っています。皆先を急いでいます。次のお立ち台は日出谷の新津寄りにある阿賀野川当麻鉄橋が見える道路際。すでに10人以上が三脚を構えていた。緑の山々に赤い鉄橋が映えていました。
20140604_04.JPG
 それほど待つこともなく、2度目の「SLばんえつ物語」号が目の前を通過。振り返って見ると路肩に10台上の車が駐車していました。列車が去ると皆さん車に乗り込み発車していきます。次の撮影地へ。
 案内されたのは馬下付近の田圃の中。畦道に車が乗り入れます。ここにも先着組が何人もすでに三脚を構えていました。見に来ただけという4人家族も。すでに陽は傾いていますが、気温は高いまま。同行のおねえさんは「暑い」「泳ぎたい」を連発して、今にも服を脱いで田圃に飛び込みそうな勢いでした。
 前の2カ所とは違って、最初からカメラを反対方向に構えている人たちがいました。夕陽にギラリと光る車体を狙っているのだそうです。そうこうするうちに、3度目の「SLばんえつ物語」号が勢いよく煙を上げて近づいて来ました。シャッターを押しながら、列車をアップにしないように気をつけました。夢中になるとついアップにしたくなります。
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 カメラから目を離し、列車に向かって手を振ると、車内でも手を振っている人がたくさんいます。12系の車体は夕陽を浴びてギラリと光って、走り去って行きました。
 ふと同行者を見ると、おねえさんは服を着たまま、撮影したばかりの動画をFacebookにアップする作業に熱中していました。

編集部 田中比呂之(ひろし)

2014年06月04日   東北   タグ : SLばんえつ物語, 磐越西線

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