竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第26回 新しい人生へ

 2019年の新春は築数十年の家をリフォームした終の棲家で迎えました。

 加賀へ移住いたしましてから早くも2度目のお正月ですが、14か月も仮住まいを続けておりましたので、やはり自分の家で迎える新年は格別のものに感じられます。特に元日は早朝5時、隣接している神社の歳旦祭という神事に生まれて初めて参列いたしまして、休みなく過ぎて行く時間を1年という単位に設定した古人(いにしえびと)の見識に今更ながら敬意を覚え、新年という意識を明確にすることができました。

 だからといって私は格別神道に帰依しているわけではございません。私の生家は浄土真宗で、両親を含め先祖代々のお墓は東京・四谷の古い寺院にありますし、外国へ旅行するときの書類には「Buddhist」と記します。けれども今年の元旦は格別でございました。

 神事の後、7時ごろだったと思います。東の空が赤く染まり、雪を頂いた霊峰白山の向こうから初日が昇ってまいりました。しかも中天には細い24日の月が白々と浮かんでいます。曇天が多いという北陸で迎えた、人生81回目の元旦は、穏やかで厳かで美しく晴れ渡っておりました。以前にも記したと存じますが、「よう来たね」と当地の神様が迎えてくださったと、またもや私が勝手に理解したことは言うまでもありません。

 終の棲家は北国街道沿いにあります。市が提唱している空き家対策に協力してかなり老朽化していた家を「掃除のしやすい家」をコンセプトにリフォームしてもらいました。バリアフリーやオール電化など熱源の利便性、安全性確保はもちろん大切ですが、掃除しやすいということは独居老人にとって、とても重要なことなのです。なぜなら炊事、洗濯、掃除の中で疎かになりがちなのが掃除だからです。炊事は日々の糧ですから最優先。洗濯も日々溜まってしまいますが、掃除は自分さえ我慢すればいい。心身への影響はそれほど急速には訪れません。それに年ごとに体を動かすのが面倒になりますので出来ることなら一日中なにもせず、ぼんやり暮らしていたい。これが老人の本音です。でも、ゴミの山の中で暮らしていられるほど豪胆ではありませんので、やはり掃除をしないわけにはいきません。ではどうする? 掃除を面倒と思わない家にすればいい。それで床だけでなく、備え付けの調度や器具をできる限り凹凸の少ないものにしてもらいました。あとからあとから新製品の出るシステム化された家具の類も、機能の優劣より管理の手間の多少を優先したのです。

 掃除の時間や回数は随意。気がついたとき、気が向いたとき、それが朝であれ、夜であれ、外回りであれ、家の中であれ、すぐにその場所を掃除します。ですから掃除に必要な道具、例えばゴム手袋や軍手、箒や清掃用のシートなどは、それぞれの場所に分散して備えました。当然、外出先から戻ってきたときなど、コートを着たまま玄関先を掃くこともありますし、歯を磨きながら洗面所の鏡の曇りと真剣に取り組むこともあります。気になった場所に適合したシート1枚を手に取り、ペロリと撫でてとりあえず清潔感を取り戻せるなら掃除もそう苦にはなりません。あとでやろう、と思ったが最後、その汚れは永遠に取り除かれないであろうという恐怖感が私を掃除に駆り立てる原動力になっているのかもしれません。

 その代り意外なことに、家事の中では一番らくであろうと思っていた炊事がかなりの難敵でした。理由は「年寄りに炎は危険」を合言葉にガスの使用をやめて、熱源を危険の少ないIHヒーターにしたからです。どのボタンを押せばどのヒーターがどの程度の働きをするのか、初めのうちはまったく見当がつかず、とりあえずヤカンの絵が描いてあるボタンばかり押しておりました。従いまして出来上がる料理はお湯を使って解凍した冷凍食品とゆで卵ばかり。

 思えば1年前の今頃も生まれて初めて経験する灯油のファンヒーターと取っ組み合っておりました。熱源の確保というのは、人類が生存するうえで水と共にもっとも重要なものであります。IHヒーターの扱いに四苦八苦しながら私は、火きり杵や火打石で火を作り出した古人の労苦を偲んでおりました。

 それにしても今どきの家とは、覚えなければならない新しい仕組みのなんと多いことか。膨大な説明書を読み、リモコンに記されている各設定の細かい文字を確認するために、現在の我が家は使い古しの老眼鏡まで総動員してあちこちに配備してあります。現在の我が家の日常は、リモコンと老眼鏡のセットで運営されているわけですが、オール電化も慣れれば簡単です。 

 弱点はただ一つ。停電です。万事休すです。

 この件につきましては東日本大震災を経験なさった方から「必ず電源を頼らずに火が使える用意をしておくこと」とのアドヴァイスを頂きました。80歳にして迎えた新しい人生。さてどこまで続きますことやら。

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81回目の元旦は、リフォームなった「終の棲家」で。
台所はIHヒーターです。

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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