竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第41回 発言する人

 グレタ・トゥンベリさんをご存知ですか? スウェーデンの16歳の少女と申し上げれば「ああ、あのお嬢さん」と多くの方がすぐにお気づきになるでしょう。2019年9月23日、彼女はニューヨークの国連本部で開かれた気候行動サミットの開会式で、許容量を大幅に超えたCO₂の排出などによる地球絶滅の危機を訴えた少女です。同時に経済成長にばかり目を向けて、一向に問題を解決しない大人たちの対応に鋭い舌鋒で疑問を投げかけ、その態度を非難する演説を行いました。

 私は寡聞にして彼女の存在を今回の報道で初めて知ったのですが、現在16歳のトゥンベリさんはすでに、昨年の8月から金曜日ごとに学校を休んで議事堂の前に座り込み、「気候変動問題のための学校ストライキ」を実行して、環境活動家としてヨーロッパは疎か、世界中に名を轟かせる存在でした。気候ストライキの輪は今回のサミット開幕直前の9月20日、160か国以上におよび、主に10代の若者が400万人以上集結する世界一斉ストライキが行われたようです。日本でも東京、大阪、京都などで決行されました。

 TVでの映像を見ただけですが、彼女の演説には迫力がありました。さらに彼女のほかにもアルゼンチンの活動家ブルーノ・ロドリゲスさん(19)が熱いスピーチを行っています。『私たちの世代は、現在のリーダーたちが生み出した問題への対処を任される世代になると何度も聞かされてきた。そんな未来が来るのを、手をこまねいて待っているつもりはない。今こそ私たちがリーダーになる時だ』

 拍手を送りたくなるような主張です。

 若者だけではありません。老人だって年々激しさを増す地球温暖化に強い危機感をもっています。2019年7月の世界平均気温は観測史上もっとも暑い7月であったそうですし、オーストラリアのシンクタンクによれば2050年までに気温は3℃上昇。20億人以上が水不足に陥るとの予測もあるそうです。地球上で唯一『火の保存』を可能にした生物である人類は、自分たちの過ごしやすい環境を追い求めて、本来の地球の環境を傷つけながらその夢の実現を図ってまいりました。そのツケが今、当事者である人類、つまり私たちに回ってきています。そのことを充分私たちは知っているはずです。それなのに見て見ぬ振りをし、気がつかない振りをしてツケを次代への置き土産にしようとしています。そこを若者たちは見事に突いてきたのです。特に16歳のトゥンベリさんの思いつめたような表情、厳しく明快な口調は大人たちの胸を鋭く突きました。今や彼女は全世界が注目する環境戦士です。

 しかし彼女をとりまく目は決して好意的な目ばかりではありません。彼女はこの問題を武器にして世界制覇を目論む大きな組織に操られているという意見もあれば、逆に彼女の言動を褒めちぎり、マララ・ユスフザイさんの記録を抜いて最年少のノーベル平和賞だと大はしゃぎする輩(やから)もいます。どれも真剣な活動を揶揄する無責任な評価ですが、突然話の中心に引っ張り出されたパキスタン出身のマララさんが、ノーベル平和賞を受賞したのは17歳のとき。2014年のことです。

 その2年前の学校帰りに彼女は武装集団に襲われて頭部から首に貫通する銃弾を受け、生死の間をさまようほどの重傷を負いました。襲われた原因は、彼女が、女性が教育を受ける権利を認めるべきであると言い続け、かつ実際に学校に通いながら女性の人権の尊重を訴えていたからです。女性の人権を認めないパキスタン・タリバン運動(TTP)のメンバーによる犯行でした。

 しかし彼女は奇跡的に回復して世界を駆け巡り、女性が教育を受ける権利について訴え続けていますし、この活動に賛意を寄せる声は世界中の多くの階層に広がっております。けれどもパキスタンの一部保守系の中にはまだ、マララさんがイスラムに敬意を払っていないと非難する人々もいるそうです。マララさんは決してイスラムを否定しているのではなくて、ただ、女性にも勉強させて欲しいと言っているだけだと思うのですけれど。

 それにしても皮肉ですね。ノーベル平和賞受賞の年齢を競争の対象にされている2人の少女が、トゥンベリさんは学校を休んで地球の危機を訴え、マララさんは命がけで通学していたこと。そして世界にはまだ学校に行きたくても行けない子供がたくさんいる現実。それが分かっているのに、お座なりな言い訳を並べて結果を先送りしている私たち大人。

 トゥンベリさんのこの一言は強烈でした。「絶滅の危機に差し掛かっているのに」大人の話は「永遠の経済成長というおとぎ話だけ」。

 真剣な彼女の表情を見ながら私は、中学1年生の時に読んだ森鴎外の短編『最後の一句』に登場する16歳の娘"いち"を思い出していました。危機に臨んだ少女はどんな凄まじい覚悟もできるのです。周囲の大人たちの毀誉褒貶(きよほうへん)など蚊の羽音ほどにも耳に響かないでしょう。

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2019年9月23日、国連「気候行動サミット」で......

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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