竹田真砂子「加賀便り 新しき身辺整理」|新潮講座

第57回 新しい時間割

 オール電化にからむ話題をもう少し続けさせてください。

 秋田県在住の友人Yさんのお家は江戸時代から続くお酒の蔵元で、私がお邪魔した頃はすでに醸造は止めていらっしゃいましたが、作業場を含む古くて大きくて立派な家屋はそのまま残っていて、老齢のご両親と暮らしていらっしゃいました。日常生活に不自由のないよう何度か改築を繰り返していらっしゃったようですが、その後ご両親が他界なさり、彼女の独り暮らしが始まったのを機に住居部分を切り離して縮小し、オール電化になさいました。それからほどなくして東日本大震災が起きます。2011年3月のことです。

 幸い住むに困るほどの被害はなかったそうですが、停電が長く続いて本当に閉口したと、後にYさんは話してくれました。「夜の暗さは懐中電灯やお仏壇のろうそくでなんとか防げたし水道も無事。ただ寒さだけは我慢できなかったわ。だってお湯も沸かせないのよ」と。

 東北の3月です。まだまだ雪は深いし、真冬とほとんど変わらない寒さだったでしょう。それで痛感したのが電気以外の暖房機の必要性。今回、私が終の棲家をオール電化にしたとお話ししたとき「非常時用に灯油ストーブを用意しておいた方がいいわ。ファンヒーターではなく、ストーブね。お湯を沸かすことができるから」と忠告してくださいました。ファンヒーターは、安全面には優れているのですが着火に電気を必要としますし、ヤカンやお鍋を乗せられない構造になっています。暖はとれてもカップラーメン一つ食べられない。体を内側から温めるためにはもう一つ、カセットガス付の卓上コンロがどうしても必要というわけです。

 持つべきものは友達ですね。きめの細かい指摘に私は急に目の前が明るくなったような気がしました。別に前途を悲観していたわけではありませんし、見知らぬ土地での生活に気負いがあったわけでもありませんが、今まで思いもよらなかったオール電化における心得のようなものを、実体験を基に教えてもらえたことがとてもうれしかったのです。

 大体私、あの卓上コンロというもの、あまり好きではありません。目の前でパッと音を立てて火が点いて、かなり火力が強くて、しかも小振りとはいえガスボンベを抱えています。あの在り様に、どうも信用が置けないのです。できることなら残り少ない人生、あれにだけは手を染めずに過ごしたいと願っておりますので彼女の忠告に従い、非常用暖房器具には灯油ストーブの方を選択いたしました。

 また、ここ加賀は地震はあまりないのですが、雷の被害が多いと聞いております。雷鳴で家屋が震えるとか、落雷すると停電だけでなく、電流がコードを伝わって家電製品にまで被害が及んでしまうとか注意事項がかなり増えました。買い替えとなりますと大変な金額に及びましょう。ですから備えあれば憂いなしとばかり、家の中のあちこちに懐中電灯を配置いたしました。それからパソコンの中身はこまめにバックアップをとり、雷が鳴ると同時に電気機器はコンセントからプラグを引き抜き、家中のあちこちを指差し確認して「異常な~し」とやります。こういう緊張感もどうしてもルーズになりがちな独り暮らしにはけっこう楽しい行事になるものです。

 オール電化は夜間料金が安いのでアイロンかけは夜すること、と忠告してくれた友人もおりました。それから時間はかかるが手間いらずのポトフを作るのも夜の仕事。掃除機(ダイソン)やスマホの充電は夜中。洗濯機は夜回すべし。食洗機を使用するときも必ず夜間とのこと。これらの有難い教えを守り、朝ごはんを8時までに終わらせればオール電化対策は万全、と私は信じております。

 ただ最近は夜9時になると眠くなりまして、早々に床に就くことが多くなりました。これは、加賀に参りましてから親しくして頂いている同い年の友人の影響でございます。彼女は「夜8時になると眠くなるのでゴールデンタイムのテレビ番組は録画して朝見るの」とご自分の時間割を作っていらっしゃるのです。当初は笑って聞き流しておりましたが、近頃私も、夕食が終わると途端に眠気が襲ってくるようになりました。それでポトフ作り以外は夜間電気任せにしてさっさと寝ることにしております。早寝早起き、至って健康的な時間割が出来上がりました。

 しかしながら電気の使用にはどうしても罪の意識が伴います。都市ガス、プロパンガス、灯油にしても生活排水の処理の問題にしても何らかの形で必ず環境汚染への影響が出ますが、電気の場合は2011年3月、映像を通して目のあたりにした原子力発電所崩壊の惨劇によるトラウマが大きな要因でしょう。さらには核廃棄物の最終処理場がいまだに決まっていないことも重要な課題です。快適な毎日を送りながら人間の業の深さをより強く感じるようになれたのは、自然に恵まれた土地に居を移したことが影響しているのかもしれません。

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停電に備えています。いつも手が届く所に。

竹田真砂子
(たけだ・まさこ)
作家

 1938年、東京・牛込神楽坂生まれ。法政大学卒業。1982年『十六夜に』でオール讀物新人賞を、2003年『白春』で中山義秀文学賞を受賞。現在、時代小説を中心に活躍。京都「鴨川をどり」など、邦楽舞台作品の台本なども多く手がける。2007年、谷崎潤一郎『春琴抄』を脚色したフランス語による邦楽劇『SHUNKIN』は、パリ・ユシェット座で上演され、話題となった。
 中山義秀文学賞選考委員、独立行政法人・日本芸術文化振興会(国立劇場)評議員、および歌舞伎脚本公募作品選考委員なども務めた。
 近著に、新田次郎賞文学受賞作『あとより恋の責めくれば――御家人南畝先生』(集英社)、『牛込御門余時』(集英社文庫)、『桂昌院 藤原宗子』(集英社)、『美しき身辺整理――“先片付け”のススメ』(新潮文庫)などがある。
 2017年10月、生まれ育った神楽坂を離れ、石川県加賀市を終の棲家と定め、移住した。

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