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魅惑のトーチカ駅舎 「百駅停車in九州」余話 杉﨑行恭

 本日発売の「日本鉄道旅行地図帳 九州沖縄大改訂2014」では、杉﨑行恭さんに名駅舎だけではなく、ちょっと行ってみたくなるようなユニークな駅を紹介していただきました。その中でも九州特有の「トーチカ駅舎」について、愛情あふれる余話をご披露いただきました。(編集部)

 今回、取材であわただしく南九州を巡ったとき、奇妙な一群の駅舎があることに気がつきました。いずれも名のある都市の駅ではなく、用事でもなければ一生降りることなどないような中間駅にみかける不思議な駅舎。
 それはもう駅舎というよりは、ほとんど待合所ともいうべきコンクリートの建築物なのです。歴史を感じさせる木造駅舎でも、また建築家によるおしゃれな駅舎でもありません。あえて言えば〝交番〟とか〝公衆便所〟に近い存在とでもいいましょうか。おしなべてそんなコンクリート駅舎は、以前あったであろう駅舎の跡地にちんまりと置かれています。でも、しげしげと眺めてみると、これがなかなかいいんです。

 たとえば鹿児島本線の千丁駅は国鉄末期の昭和58年に建て替えられたコンクリート駅舎です。もちろん無人駅で、実感として四畳半にも満たない待合室に北欧デザイン風の長椅子があるだけです。待合室にはタッチ式の『SUGOCA』の端末と、小さなトイレがついています。でもコンクリート独特ののっぺりとした壁と蓋をかぶせたような平たい屋根、そこから半透明の車寄せが張り出して左右に自販機と丸ポストを従えた姿は、小さいながらも威厳を感じさせてくれました。夜になると蛍光灯が1本、ぼわっと灯るだけですが、その青白い明かりが奇妙に似合うモダンな駅舎です。ところで汽車待ちをしていた学生は「ここはバッタがすごいんです」と話していました。駅の周囲は畳表の材料になるイグサの畑が広がっています。たぶん、バッタはそこからやってくるのでしょう。tc-1.JPGtc-2.JPGtc-3.JPG
 鹿児島本線は八代から第三セクター鉄道、肥薩おれんじ鉄道となります。ここにもコンクリートの簡易駅舎があります。有明海に面した肥後二見駅は、さきほどの千丁駅をさらに進化させたような未来的デザインです。もうここでは改札口というものはなく、さらにいえば扉もありません。ホームに向かう通路の両側に待合室とトイレがあるだけの箱といった風情です。それでも窓枠や屋根の縁も角を取った柔らかなフォルムで、横腹に真っ赤なラインが描かれていました。私は寡聞にしてこれほど派手な駅舎を見たことがありません。しかも壁は厚さ20センチもある分厚いコンクリートです。おろらく、どんな大嵐が来ようともこの駅舎の中に居るかぎりは安全でしょう。これもたぶん昭和50年代の作と思われます。トイレはぽっとん式ですが、地域の人たちによってきれいに掃除されていました。肥薩おれんじ鉄道には袋駅にも、同形の駅舎があります。
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 さて、九州に残るコンクリート簡易駅舎を『トーチカ駅』と名づけたのは、指宿枕崎線の前之浜駅を見たからです。ここはすでに駅舎という立ち場から離れて、ホームに隣接する待合所として建っていました。ここも、分厚いコンクリートで窓は銃眼のように小さく、小判型の駅舎は錦江湾に向かって隠れるように置かれています。その分、中に入ると壁にそって木製の長椅子が作り付けになっていて居心地はまことによろしい。おそらく、戦場になったり、桜島が大噴火しても役に立ちそうな駅舎でした。
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tc-10.JPGtc-11.JPG  いまから30年ほど前、国鉄当局は毎年のようにやってくる台風や九州で猛威を振るうシロアリ対策(改修中の門司港駅もシロアリで倒壊寸前だったそうです)でコンクリートの駅舎を実験的に設けたようです。
 もとよりコンクリートの小建築は壁そのもので建物を支えているので、かなり自由な造形が試みられています。
 いささか〝侘び寂び〟には欠けますが、無邪気なデザインの『トーチカ駅』探しは想像以上の楽しいものでした。

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