今日は、同僚の編集した本を紹介します。昨年末、にわあつしさんの『東海道新幹線 運転席へようこそ』(新潮文庫)が刊行されました。にわさんは元新幹線の運転士で、退職後はライターとして鉄道や旅関連の雑誌やムックで執筆もされ、写真も撮っていらっしゃいます。
私は子供の頃、電車の運転士に憧れていました。本気で東横線の運転士になるつもりでした。母に連れられて、大宮の鉄道学校の見学にも行ったことがあります。説明を受けた後、教室を見学に行くと、ちょうど休み時間だったらしく、教室にいたほとんど全員が机に突っ伏して居眠りをしていました。子供ながらに、勉強の厳しさを感じ取ったのかもしれません。すでに視力が悪くなっていたこともあり、やがて運転士の夢は忘れてしまいました。
この本は第1部で東京から新大阪へ、第2部で新大阪から東京へ、下りは0系、上りはN700Aを運転する設定になっています。新幹線の運転を読者にわかりやすく伝えるため、標準的な1日を設定して、語っていきます。
第1部の東京から新大阪までは0系「ひかり」に乗務します。昭和53年春の某日となっています。この頃は2人乗務で、先輩と組んで交代で運転します。そこにもうひとり名古屋まで先輩運転手が添乗します。3人の会話で新幹線運転士の日常や運転技術、過去のエピソードなどが語られていきます。
にわさんは川に異常に詳しく、「多摩川は、山梨県笠取山を水源とする総延長138キロの一級河川で......」とか「富士五湖のひとつ山中湖を源に相模原台地を109キロに渡って流れる相模川......」など記述が川を渡るたびに出てきます。
三島付近で先輩運転士と運転を交代する。走行中に交代するとは聞いていましたが、三島だったのかと思いました。車内販売の女性がコーヒーを持ってきたり、ビュッフェに朝食弁当を頼んだりと運転技術やトラブルのエピソードだけではなく、運転士の日常がうまく混ぜ込まれた読み物になっています。
これ以上内容を書くのは止めておきます。先日大阪へ行った折、鞄の中に入れて置いたのですが、明るいうちはやはり車窓を優先したいので、帰りの新幹線で読みました。これはこれで不思議な体験でした。
普段あまり意識しませんが、私たちを高速で目的地に運んでいる運転士の日常を知っておくと、新幹線の乗り心地も変わってくるかも知れません。最後に新潮文庫が大キャンペーンを行っている「ワタシの1行」を勝手に選んでみました。
『由比トンネル手前の跨線橋をくぐるときに警笛を鳴らし、こちらを見ていた両親に喜びを伝えました』
にわさんが初運転で地元静岡県由比を通過するとき、ご両親が新幹線の跨線橋で見送っていたそうです。こういうエピソードは気持ちが和みます。
編集部 田中比呂之(ひろし)