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三陸鉄道島越は「復興の始発駅」

 先月28日に発売になりました『線路はつながった 三陸鉄道 復興の始発駅』はおかげさまで順調に売れています。お買い上げいただきました皆様に御礼を申し上げるとともに、まだお買い求めいただいていない方々は、是非御一読をお願いいたします。

 三陸鉄道島越駅については、これまで何度もこのブログで触れてきました。島越駅は東日本大震災の鉄道被害の中でも、その破壊の凄まじさは最大級と言ってよいでしょう。ここは駅だけでなく狭い入江にあった集落そのものが津波で消失しています。高架上にホームがあったため、その高架もろとも消失しています。青いとんがり屋根が印象的だった駅舎も跡形もなく消えました。
 もっとも私は島越の震災前の姿を知りません。三陸鉄道に乗車したことはありましたが、島越周辺の車窓は記憶に残っていませんでした。ですから取材で訪れた時、壊滅的な風景に戦慄を覚えたものの、おそらく震災前の姿を知っている地元の人々とは、衝撃度は違うだろうなとは思っています。
『線路はつながった』の中で、筆者の冨手淳さんと望月正彦社長が消失した島越駅付近で呆然と立ち尽くすシーンが出てきます。お二人にとっては、生活の柱が瓦解したに等しい光景です。取材に来て衝撃を受けている私とはまったく次元が違います。
 宮古へ帰って望月社長は、社員に向かって「落ち込んでいる暇はないぞ」「(列車を)動かせるところから動かす」と会社存続への強い意思表示をします。私はこのシーンを読んで、「企業は人なり」という言葉を思い浮かべていました。これほど分かりやすい例はありません。もし望月社長が島越の壊滅的風景を見ながら、自身の退職金の算段をするような人だったら、と考えてみれば「企業は人なり」の重みがわかります。
 冨手さんが「望月社長でなければ、会社はなくなっていたかもしれない」とおっしゃっていたことを思い出します。
 来週は東日本大震災発生から3年目の3月11日を迎えます。島越駅はほぼ復旧し、試運転がまもなく始まります。私はこの駅こそ「復興の始発駅」だと思っています。おそらくこれから島越駅の新しい姿を報道等でご覧になる機会が多くなると思います。
 そこで今日は島越駅の震災前の姿をご紹介しておきます。写真はすでに当サイトの島越駅のページにアップされているものですが、ご覧になっていない方も多いと思いますので、ご覧ください。
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20140307_03.jpg 20140307_04.jpg ▲(左上)昭和59年6月24日撮影(右上)平成6年4月5日撮影
 (左下)平成13年7月5日撮影(右下)平成17年5月8日撮影 
 投稿:df200-7atさん(全て)

 三陸鉄道は4月、全線復旧を果たします。5日に南リアス線、6日に北リアス線で復旧開業式典が行われます。三陸地方に明るい話題を提供することになると思います。
 また12日にはJR釜石線で「SL銀河」が走り始めます。その列車のお披露目がなぜか東京都内の尾久~上野間で明日8日に予定されていますが、今日はその試運転が行われました。その様子もご覧ください。
20140307_05.jpg▲尾久~上野 試9014レ(D51-498+オヤ12+EF65-501)

編集部 田中比呂之(ひろし)

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2014年03月07日   東北   タグ : 三陸鉄道, 島越

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